霊媒師編-4
この町の川沿いの道を歩きながら、向井と一緒に商店街まで歩く。
川はいつも子供達が遊んでいるが、今日はあまり人影も無い。その代わりに制服を着た警察が見回っているのが見えて、まだ子供が見つかっていない事を実感してしまった。
「教会の嫌がらせの犯人は、やっぱり榊原という霊媒師なのかしら」
「さあね。でも誘拐の犯人は、霊媒師の可能性が高いよ」
「生贄儀式の為?」
「なにそれ? 違う」
向井は、生贄儀式の事は知らなかった。隆さんが話していた説を説明するととても驚いていた。
その声で警察がこちらを見てきて、あまり良い気分はしない。向井は気にせず話し続けた。
「ま、そう言ったオカルト目的で人が殺されている可能性は大きいよ。俺の親戚の田舎は、城を建てるときの人間を捧げるからね」
「なにそれ、気持ち悪い」
思わず顔を顰めてしまう。秋の風かつよくふき、その音だけが響く。川辺の様子もいつもと違うし、嫌な予感がしてきた。
「人柱といって、人間を捧げる事で工事が成功するらしい。まあ、迷信だろう」
「そう言った生贄になる人は抵抗しないの?」
「しないよ。むしろ、生贄になる事が名誉みたいな感じで、自ら進んでやっていたみたい」
「信じられない」
「親戚の田舎では生贄になった人間が来世で幸せになるような民話もいっぱい残っていてね。たぶん、それで騙されるんだろう」
普段はおちゃらけた性格なのに、向井は妙に鋭いところがあった。これぐらいの観察眼もないと探偵業は出来ないのかもしれない。
「隆とは、相変わらず仲良くやってる?」
向井は、私のちょっと膨らんだお腹を見つつ笑顔で祝福してくれた。夏実さんの事件のときは、向井から思わぬ告白を貰ったものだが、気の迷いだったと本人は笑っていた。お陰で、普通に夫の友達として接する事ができたが。
「うちの姉ちゃんも出産のときに、鼻からスイカが出るって言ってたよ。めちゃくちゃ痛いらしい」
向井は八重歯を見せて、悪戯っぽく笑っている。
「あれ?奥さんはあんまり怖がってないね?」
「ええ。聖書には、生みの苦しみがある理由がちゃんと書いてありますしね」
神様が作った人類最初の夫婦・アダムとエバは罪を犯した。その結果で、男性は苦しんで糧を得なければならなくなったし、女性は産みの苦しみを与えられた。何より人間に罪が入り、神様との断絶や死が与えられた。
陣痛は怖い事は怖いが、神様が意味があって与えているものだと思うと納得できるし、何より子供に早く会いたいという気持ちが優ってしまった。
「へぇ、聖書にはそんな事まで書いてあるのか。結構面白そうだな」
「また礼拝にきtr、牧師さんに学ぶといいと思う」
「そうだな。でも、聖書難しくない? 意味不明な箇所多くない?」
確かに聖書は簡単ではない。信仰を持って聖霊を頂かないと、読めない書物なのだ。特にヨハネの黙示録は牧師さんや隆さんも解釈が難しいらしい。信仰心がない人が聖書を読むと偽予言を出すらしい。できれば聖書は一人で読まずに、クリスチャンと一緒に読んで欲しい事を向井に勧めた。
「へぇ。そう思うと結構聖書も面白いよね。イエス様が再臨する時期とかわかるの?」
「それはわからないわ。ただ、隆さんによると再臨の印はほとんど成就されtりて、あと一つぐらいしかない見たい」
「本当? そう思うと気になるわー」
向井はワクワクした目を見せていた。嫌がらせや誘拐の件で気持ちが沈みかけていたが、こうして聖書の話をしていると、気持ちは明るくなっていた。
気づくと商店街につき、向井は聞き込みを始めていた。自分も事件の事は気になるので、買い物ついでに聞き込みの様子を伺っていた。
「八百屋のご主人。霊媒師の榊原珠子の噂は何か聞いた事ないかい?」
向井は、八百屋で聞き込みを始めた。八百屋のご主人の警戒心を解くためか、向井は葡萄や林檎などの果実を購入していた。確かに店頭に並ぶ果実は美味しそうで、私も林檎を2個ほど購入してしまった。そのおかげで気が緩んだのか、八百屋のご主人はペラペラと噂を話してくれた。
「いや、あの霊媒師は本物だよ。俺や家内の過去もズバズバ言い当ててさ。家内のへそくりの場所まで言い当てたんだから」
興奮して話す八百屋のご主人に私は微妙な気分だった。霊媒師に頼ることは危険だが、塚田のようのすぐ影響あるものは稀かもしれない。こうやって信じさせてジワジワと霊的におかしくさせて行くんじゃ無いかとも思う。
「子供を誘拐しているっていう噂もあるけど、何か聞いてない?」
「それは知らなかった。でもあの霊媒師がそんな事するかね?」
八百屋のご主人は、向井のいう霊媒師の誘拐疑惑については否定的だった。確かに目の前で自分の事を当ててくれた霊媒師と誘拐は結びつかないのかもしれない。誘拐を誤魔化すためというか、目眩しの為に霊媒をやって人々の人気取りをしている可能性があるきもしてきた。
八百屋に来ている他の客に聞いてみたが、すっかり霊媒師の夢中になっているものが多いようだった。聖書を交えながら危険である事を説明してもなかなか伝わらない。むしろ、頭が硬い人扱いされてしまった。
「ところで、志乃さん。身体の調子はどうだい?」
向井と話し終えた八百屋のご主人は、私に話を振ってきた。
「ええ。ちぃっと前はつわりが酷くて大変だったけれど、今はもう大丈夫。この前は葡萄を負けてくれてありがうね」
私が笑顔で礼を言うと八百屋のご主人は、何がおかしいのか笑い始めた。
「俺は、あんな堅物そうな隆さんが志乃さんと結婚出来たのが信じられない」
「八百屋のおっちゃん、僕もだよ。本当に隆は堅物で、女性に好かれない男だったんですよ」
向井も笑ながら話す。隆さんが女性に好かれないという話は前にも聞いた事があるが、私は信じられない気持ちだ。あんなに誠実で優しい人はいないのに。確かに真面目過ぎるところは賜玉に瑕だし、初対面では厳しそうな人に見えるが。
「隆は花畑令嬢に特に嫌われてたな」
ぽつりと向井がつぶやいた。
「花畑令嬢?え、誰?初めて聞く名前なんですけど」
向井は明らかの口を滑らせていたようだ。「しまった!」という顔をしていた。
「いや、何でもないよ」
「え、気になる……」
とても気になってしまった。また隆さんの周囲に女性がいたという事なのだろうか。
「ああ、俺はこれから聞き込みに行かなきゃ!」
向井に詳しく事情を聞こうとしたが、逃げられてしまった。
一人残された私は、胸に不安が溜まって行った。
ただ、清美さんの時の事を思いだす。大騒ぎして、また何か罪を犯す可能性もある。私はとりあえず深呼吸をし、冷静さを取り戻す。この事は、隆さんに直接聞けばいいのだ。私が信頼する大好きな夫が、何か嘘をつくはずもない。




