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小さな迫害編-1

 はじめての子供の妊娠がわかって2ヵ月以上がたった。


 妊娠がわかる前は、華族令嬢の夏実さんの事件などもあり、色々バタバタと忙しかったが、今はすっかり平穏に暮らしていた。


 妊娠初期はつわりが酷く、体調不良で寝て過ごす時間が多かったが、今はそこそこ安定し、家事や教会の子供達の世話に明け暮れていた。


 最愛の夫である隆さんからは、あんまり無理しないよう言われている。家事み手伝ってくれるし、ご飯も残さず食べてくれる。何より、神様について一緒に話したり、祈ったりしているととても心が安らいだ。


 そんな秋の一日だった。


 教会で信徒の女性達と讃美歌の練習を終え、家に帰ろうとした時限界に人影がいるのが見えた。


 和服で書生姿の若い男だった。学生なのか、頭には学生帽も被っている。


「どちら様ですか?」


 私は、ちょっとビクビクしながらも若い男に聞いた。


 あの夏実さんの一件以来、隆さんはだいぶ神経質だった。家に変な人間が訪ねてきたら、すぐ教会の方ににげるよう言い付けられていた。


 若い男は、前髪が長く暗い雰囲気だった。痩せていて青白く、隆さんとは正反対の雰囲気だ。


「いえ、その」


 明らかにおかしい人物だったが、名刺を渡してきた。


「塚田治さんですか……?」


 名刺を見ると、作家と書いてある。隆さんと同業者だ。隆さんの小説以外は全く読んだ事が無いので、名前も知らなかった。とはいえ、同業者に悪い態度は取れない。実際、隆さんは兼業で学校の先生をしているが、時々上司の校長先生を家に連れてくる事もあり、精一杯もてなしている。


「奥さんですか?」

「ええ」


 私は自己紹介をする。塚田はすぐに私が妊婦だと気づいた。そろそろお腹も大きくなってきたところだった。


「あの、あの……」


 ばぜか塚田はオロオロとし始めた。何か隠していそうではあるが、隆さんの同業者に悪い態度は取れず、にこやかに対応する。


「どうされました?」

「ちょっと厠を貸して貰っていいですか。ちょっと気分が悪くなってきた。昨日徹夜したのが、悪かったのかね」

「あら、本当? じゃ、上がってくださいよ」


 決して健康そうには見えない塚田が心配になり、私は彼を家にあげる。隆さんには怒られそうな行動ではあったが、気分を悪そうにしている人を追い返せない。それにきっと、隆さんに用があるのだろう。


「お邪魔します」


 意外な事に塚田は、きちんと頭を下げて家に上がった。隆さんの友達である向井は、悪い人ではないが、不作法なところがある。向井とは夏実さんの一件以来、疎遠になるかとは思ったが、時々我が家にやってきてはただ飯を食らっていた。向井からは子供が生まれるからと言っておもちゃやお茶やお菓子をいっぱい貰ってはいたが。


 塚田は厠に入るとしばらく閉じこもっていた。時々、厠からうめき声が聞こえて、心配になったものだが、様子を見に行くと「大丈夫」の一点張りだった。


 仕方ないので、塚田の為にお茶やお菓子の準備をし、夕飯を作ったり、雑巾を塗ったりしていた。今は妊娠中という事で、教会の仕事は減らして貰っている。最近は、夕飯作りは、子供たちが協力して作っている。本当はそれぐらいの事はやっても良かったが、隆さんが心配してやらせて貰えなかった。


 最近、隆さんは私にとても甘くなってしまったようで、食事の後片付けもよく手伝ってくれた。もともと優しい人ではあったが、出会った頃の厳しさは何処かへ蒸発してしまったようだった。


 家事を一通りこなしていると、ようやく塚田が出てきた。


 一応客間に案内し、お茶とお菓子を振る舞う。ちょうど教会の信徒さんから、豆大福をもらっていたので、それを皿に出す。


「具合は大丈夫ですか?」

「ええ。別に」

「ところで、今日はどんなご用で、隆さんにお会いしたいんですよね?」

「それが…」


 塚田は言葉を詰まらせた。


 豆大福には目もくれず、私の肩を掴んで揺らしてきた。


「ごめんなさい! 奥さん!」

 塚田の顔は泣きそうに歪んでいる。


「お願いです! どうか、僕を匿ってください!」

「え?」


 私は目を瞬かせて、何も答える事ができなかった。

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