偶像崇拝編-6
鯛ご飯はすっかり冷めてしまって居たが、それでも美味しかった。「めでたい」などの縁起物とは、全く関係がない。単純に神様からの恵みと思って、喜んで食べた。
春美さんがこの鯛を持ってきた動機も単純に私達夫婦の子供の誕生をお祝いしたかっただけだろう。その気持ちだけは、有り難かった。その方法がだいぶ間違っている事は確かだが。
「僕は、一体何をして居たんでしょうか」
塚田はよっぽどお腹が空いていたのか、鯛ご飯をおかわりしていた。自分で作ったとはいえ、鯛は高級品だ。不味いわけがなく、私も隆さんもついつい食が進んでしまう。残ったら明日の朝ごはんに回そうかとも思ったが、その心配はなさそうだった。
「霊媒師の所に行った記憶は覚えているか?」
隆さんは心配そうに質問する。
「それが全く覚えていないんだ。何か脅されてのは、覚えているが」
「私達が、祈っていたのは覚えてる?」
そう質問すると、塚田はコクンと頷いた。
「あんまり覚えて居ないが、遠くの方で声が聞こえたよ。なんかわからないけど、神様っぽい誰かに守られている気がした。突然、視界が開けたというか」
「神様だよ、それは」
隆さんは断言する。
「お前らんのところの神様スゲェな。なんか知らないけど、身体も心もすっかり軽い」
「ならよかったわ」
ホッとして、ちょっと涙が出そうだった。自分もかつては、インキュバスという悪霊に憑かれていた。当時の記憶はあまり無いが、神様が守ってくれて居た事はわかる。ただ、自分が罪を犯せば悪霊が攻撃しても良い権利を与えてしまう事は、夏実さんの件でいやと言うほど思い知った。
「本当は、福音を受け入れて聖霊様を受け取らないと、また悪霊が戻ってくる可能性はあるんだけどな」
ホッとしている私とは対照的に隆さんは、現実的だった。聖書にもそんな箇所がある。悪霊追い出しについては、隆さんは少し否定的だった。日本の教会でもあまりやって居ない事であるし、奇跡や不思議な力で信仰心を持つのは、微妙なところだった。それこそご利益宗教的というか。
「聖霊様って何?」
塚田にとっては未知な単語だろう。そんな質問をしていた。
「信仰心を持つと神様が送ってくださる神様の霊だ。霊というと少しオカルト的に見えるが、思考とか気とか、感情と言い換えればわかるかね?これが心に宿ると、罪を教えてくれたり、聖書の言っている意味がわかったりするんだ。逆に悪霊というのは、罪を唆す存在と言える」
「へぇ、雪下先生の神様スゲェな。僕も耶蘇教について勉強したくなったぞ。神様について知りたい」
その塚田の言葉に私達夫婦は、顔を見合わせた。このまま信仰心を持てるかどうかはわからないが、良い傾向だと思った。隆さんも口元が少しニヤけている。
「わかった。今夜から聖書を教えよう」
「やった!」
塚田は子供のような笑顔を見せていた。
「ただ、本気で信仰を持ちたいのならば、霊媒師はもちろん、仏教の神や占いやおまじない、ジンクスなんかには頼ってはだめだ。これらは偶像崇拝と言って神様が禁じている行為だ」
「ああ、そうなのか…」
塚田は、偶像崇拝についてすぐに納得していた。実際、霊媒師に酷い目に遭わせられたからわかったのだろう。
「なんか悪霊っていうのは、よくわからないけど、思考を乗っ取られた感じがあった。自分じゃないみたいな」
「塚田さん、それはわかるわ。私も悪霊に憑かれて居た時あるもの」
インキュバスの一件を思い出して、嫌な気分になる。もうあまり覚えて居ないが、あの男に触られるたびに思考がおかしくなっていくのは覚えていた。
「悪霊連中は、思考を乗っ取るのが仕事みたいなものだ。酷い場合が、殺人まで起こさせる」
隆さんは、すっかり鯛ご飯を食べ終わって居たが、夏実さんの事を思い出したのだろう。表情が暗くなっていた。
「霊とか言って存在無いと思っていたら、舐めてたわ。殺人まで引き起こすなんて……」
その話を聞いて、塚田の顔は青くなっていた。
「塚田、殺人だけじゃないぞ。自殺させる悪霊もいるから、本当に偶像崇拝や霊媒師の行くのははやめておけ」
「そうね。私達の神様を信じるか信じないかは別問題として」
「う、うん」
てっきり反抗的な事を言ってくるかと思ったが、塚田は意外と納得していた。
「いい作品が書けなくて、僕はちょっと焦っていたのかもしれない」
しかも、泣きそうな目で呟いている。
「いや、塚田は才能があるぞ」
「そんあ、雪下千。お世辞が言わないでくださいよ」
「お世辞じゃないわよ、きっと。隆さんは、お世辞いう正確じゃないもの」
余計なお世話かと思ったが、ついつい口を挟んでしまった。
「だからこそ、霊媒やジンクスに頼るようなズルがするな。せっかくお前に神様が才能を与えているんだ。それを汚すような事は、やめよう」
「僕は、神様から才能が貰えているんですかね……」
隆さんに褒められて、少しづつ塚田の表情は明るくなってきた。
「神様はすべての人間を創った。もちろん、才能だってお前の事を愛しれ、この上なく愛してるから、希望を込めて与えたんだよ。だから、そう言ったズルはやめよう。お前は実力で勝負できる。悪魔に魂を売らなくても大丈夫だ。どうかその才能を良い事に使って欲しい」
「う……」
塚田は、ついに泣き始めてしまった。塚田に信仰心があるかは、今のところはよくわからないが、この様子ではもう悪い事に手を染める可能性はだいぶ低いだろう。
「塚田さん、泣かないで」
私は塚田に手拭いを渡してやったが、泣きながら鯛ご飯を食べていた。
「奥さん、この鯛ご飯。とっても美味いな」
褒められてしまったが、塚田の顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃになってうぃて、苦笑する他なかった。




