偶像崇拝編-3
「気持ち悪いな、何だ、これは……」
隆さんは、客間の入るとテーブルの上にある安産守りや馬の小物を見て、顔を顰めていた。
「春美さんが買ってきてくれたものなんだけれど」
「本当に気持ち悪いな。特にこの馬の小物は」
馬の小物は生殖器を強調されていて、やっぱり見るからに下品だった。
「九州か四国だったが忘れたが、団子馬っていう縁起物があるんだよなぁ。その生殖器をちぎって食べると子供ができると信じられているらしい」
「うわぁ、気持ち悪い……」
「それにもともと日本の祭りは、性的な男女の乱行という説もある。意外と日本の神社は性的なものを崇めている所が多いんだよ」
「本当に気持ち悪いわねぇ……」
思わず顔を顰めてしまった。最初はしそう言った縁起物も自ら進んでやっていただろう。ただ、段々とやらなきゃいけない義務になり、縁起物に縛られていく様子は手に取るようにわかった。
隆さんは、ゴミ服を持ってきて安産守りと馬の小物をそこに入れて捨ててしまった。捨てるまえに一応、断ち切りの祈りを二人でした。こんな下らない縁起物を捨てる事は、ちっとも怖くは無いが、悪霊連中のしつこさはよくわかっている。何を扉にして入ってくるかわからない。
やはり、このくだらない縁起物を捨てたら周りの空気が少し軽くなって気がした。やっぱりこう言ったものは、悪きものを呼び寄せる扉のなっていると思わされた。
隆さんは、客間に置いてあった塚田の書いた原稿用紙をチラリと見ていた。
「塚田さんの小説は面白い?」
読みながらちょっと笑っている隆さんに尋ねてみた。
「意外と面白いな。やっぱりアイツは文がうまい。私は逆に文に苦労しているから、代わりに書いてほしいぐらいだ」
「隆さんは文章うまいと思うけど……」
意外だった。本人はそんな欠点を持っていると考えているとは、想像つかなかった。
「うん。私にだって難しいところはあるよ。神様では無いからな」
「そっか。そうよね」
「塚田も良いところがあるのにな。こんな霊媒の頼る前に一行でも多く書けと言いたい」
ちょっと怒っているように見えたが、塚田の才能を認めている事はよく伝わってきた。確かに霊媒は悪霊と交わる行為だから辞めろと言っても伝わりにくいかも知れないが、こんな風の言えば少しは耳を傾けてくれるかもしれないと思った。
その後、私はすっかり遅れていた夕飯作りに取り掛かった。春美さんがくれた鯛は、単なる魚屋で買ったものと思われるので、「めでたい」などと縁起を持ち出さず普通に食べれば大丈夫だという事だった。
せっかくだから、出汁をとって鯛ご飯を炊いた。こういった炊き込みご飯は、見かけの割には手間がかかっていそうに見え、栄養も悪くない。隆さんも手伝ってくれて、今日に夕ご飯の鯛ご飯が出来上がった。
「塚田さんも春美さんも帰ってこないわね」
茶の間のちゃぶ台の上には、豪華な鯛ご飯と味噌汁、漬物が出来上がり、ちょっと華やかだった。
良い香りもして腹が鳴るが、その匂いで塚田が帰ってくる様子が無い。
「ちょっと外に様子を見てきましょうか」
「いや、霊媒師がいるかもしれん。絶対に外に出てはダメだ」
心配してくれる隆さんは、ちょっと父親みたいで少し笑ってしまった。
「うん? 志乃、何がおかしんだ?」
「いえ、隆さんって私のお父様みたいだって」
「納得いかん。私はそんな歳では無いぞ」
「でも、私のお父様は実は神社に行くのが好きだったから、隆さんと全く違うわね。おみくじの結果に右往左往してた」
その事を思い出すと、少ししょっぱい気持ちになってしまった。そんな事をチマチマと頑張っていた父は、待った幸せには見えなくてなってしまった。夜に爪を切るのを怖がったり、厠に入る前にはいちいち咳払いもしていた。そう言ったジンクス的なしきたりに縛られていた父は、今思うと少しかわいそうにもなってきた。
「そういえば、志乃はご両親の事は許せている?」
「え?」
「墓まえりにもほとんど行ってないだろう。まあ、先祖を拝む事は良くないが、クリスチャンでも両親を許す事は難しい人が多いからね」
「そ、そういえば……」
こうして結婚し、両親の事はすっかり忘れていた。両親が亡くなった時、彼らを攻めたり嘆いた気持ちを持っていたのは、事実だった。
私は、ちゃんと両親を許せているだろうか。そういえば、結婚の報告すらして居なかった事を思い出して、ちょっと胸がザワザワとしてきた。
聖霊が何か伝えているのかもしれない。
聖霊は、神様を信じると受けとれる神様の霊だ。クリスチャンの心に宿っている。自分が罪を犯した時は、こんな風に罪悪感などを持たせたりして罪を教えてくれる存在でもある。
もしかして、私は両親を許せていない?
そんな事を考えていると、玄関の方から声がした。
春美さんと塚田が帰ってきたようだが、様子がおかしかった。
「あー、僕はもう死にたいです……」
塚田はそんな事を口走っていた。いつも少し暗そうな塚田の顔であったが、いつも以上に沈んでいた。




