誘拐事件編-6
和菓子効果なのか、子供二人はすっかり機嫌が良くなり、用意していた昼食を食べさせてた。その後、食材を買いに出かけた。牧師さんも出先から帰ってきたので、子供を任せておいても大丈夫だろう。
この町に住む商店街にある八百屋で、大根を買ったり、肉屋で鶏肉を買ったりした。
私が妊婦であるのでお店の人は、気を遣っておまけしてくれて、ちょっと嬉しかった。しかし、マスク女の事や沙里子ちゃんの事が気になる。商店街店の人に聞いても、この件については何も知らないという。
「志乃さん! こんにちは」
ちょうど買い物を終えた時、この町の医者の三上さんに会った。30代ぐらいのしっかりとした雰囲気の男だ。白衣がよく似合う。今日もどこかの診察の帰りのようで、白衣姿でカバンを持っていた。
私もつわりが酷い時はよく三上さんのお世話になっていた。三上家はこの町でもお金持ちで、時々教会にも時々お菓子やおもちゃを寄付してくれていた。本人はあまりキリスト教には興味は無いようだったが。
三上さんの家も近いので、しばらく一緒に歩く事にした。
「身体の調子はどうですか?」
「ええ。お陰様でさいきんはとても調子がいいわね。主人もよく家事を手伝ってくれて」
隆さんの優しいところを話すと思わず顔がにやけてしまう。三上さんは、ちぃっと苦笑しながら生ぬるい表情を見せてきた。ちょっと呆れられているのかも知れないが、事実なので仕方ない。
「沙里子ちゃんの事は知っていますか?」
「ええ。心配ですね」
三上さんは、まぶしそうに秋の太陽の日差しに目を細めていた。
「何か知ってませんか?子供達は、マスク姿の怪しい女性を見たって言うんですか」
「初耳だ。それは聞いた事はないね」
マスク女については子供達だけの噂のようだった。今歩いている商店街の中を回してしまうが、それらしき怪しい女はいない。ただ、警察官が肉屋や八百屋に聞き込んでいるのが見えた。この様子だと警察も探している途中なのかもしれない。紗里子ちゃんが見つかるように祈るしか無いようだ。
「ただ、榊原珠子っていう霊媒師の噂は聞いた事があるね」
三上さんは、何か思い出したように呟く。その名前は、初めて聞くものだった。牧師さんが言っていた霊媒師と関係があるのだろうか。
「霊媒師?」
あまり気持ちの良い話では無い。聖書では霊媒は禁じられている。悪霊と交信して人を惑わせるからだ。何より神様を悲しませる行為であるし、自分は一切関わりたく無いと思う。
「ええ。なんでも病気を治す奇跡を起こそたり、人の過去をズバズバ当てているとか。気持ち悪いな」
三上さんは、クリスチャンでは無いが顔を顰めている。直感的に霊媒が気持ち悪いと気づく人も多そうだ。
「病気が我々医者が治したいよ。そんな奇妙な技で治されてもね。霊媒師がもし本当だったら、我々の仕事も必要無いって事にもなる」
「確かにそうね」
「まあ、インチキでしょう」
「でもこの町では、惑わされている人がいるのかしら?」
「たぶん、いるでしょうね。確か、火因村のそばで、霊媒師は毎日活動しているようで、人もけっこう集まっているらしい」
「そうなの……」
嫌な知らせだった。人々が惑わされれば、その分悪霊と交わる事になる。悪霊が憑く悪影響についてはインキュバスの件で嫌というほど思い知っていた。
「三上さんは、うちの教会来ませんか?」
「うーん、そこまではなぁ」
霊媒師に否定的であったとしてもキリスト教に興味を持つとは限らない。三上さんは、そんな立場のようだった。
夏実さんの件で尽力してくれた探偵の向井は、意外な事に聖書に興味を持ってくれて、あれから牧師さんから聖書を教えて貰っているらしい。まだ信仰を持っているかはわからないが、意外と真面目に学んでいるという。
「でも、子供達は可愛いですね。あの子達には、出来るだけの協力はしたいと思います」
「いつもありがとうね。お菓子もおもちゃも子供達、とっても喜んでる。三上さんの事をサンタさんっていう子もいるぐらいなのよ」
「はは、サンタさんか」
「三上さんはご結婚しないんですか?」
失礼かと思ったが、中身も外見も良さそうな男性が、独り身なのは疑問だった。笑った笑顔は優しそうであるし、子供達に好かれる理由もよくわかる。実際、三上さんが教会に来ると子供達はとても喜んでいた。
こんな失礼な質問にも三上さんは笑って答えてくれた。これだけでも悪い人には見えない。
「うん、出会いが無くてね」
「そうなの?」
「まあ、医者は忙しいですからね。そこが嫌だという女性も多く……」
「いい人が見つかると良いわね」
「だといいんですけどねぇ」
そんな会話をしつつ、家のそばで三上さんと分かれて、帰った。
勝手口から家に入り、買ったものを冷蔵庫に入れる。冷蔵庫の氷はまだ溶けていないようで、問題ない。
軽く昼を作り、塚田にも持っていった。
塚田は客間で死んだような目をしていた。机の上は書き損じの原稿用紙が散らばり、見るからの行き詰まっているようだった。
「塚田さん、軽くお昼持ってきましたが、食べます?」
「いや、本当に僕は才能がなく……」
持ってきてやった昼ごはんには目もくれず、塚田はメソメソと泣き言をこぼし始めた。
聞いている私まで暗くなってきそうだった。塚田に手は万年筆のインクで黒く汚れていた。少し可愛そうになってきたが、どうしたら良いのかわからない。そうこうしているうちに、来客があるようだった。
急いで玄関に行くと、予想外の人物がやって来たのに気づく。
「志乃さん、こんにちは!」
「あ、春美さんじゃないですか……」
あまり会いたく無い人物だった。




