誘拐事件編-5
翌日。
朝は慌ただしく過ぎ、隆さんは仕事に出掛けてしまった。
学校に行った子供達は、集団登校しているので安心だが、問題はまだ学校に行っていない春人くんや文子ちゃんだ。
私は家の用事を終わらせると、すぐに牧師館の方へ向かった。
春人くんは、昨日の事はあんまり気にしていないようで、牧師館の茶の間で絵本を読んでいた。頬の引っ掻き傷も目立たなくなっていた。
「文子ちゃんは、どこ行ったか知ってる?」
「わからない」
「どこ行ったかしらね」
縁側の方に行くと、文子ちゃんが一人で縄跳びしているのが見えて、ホッとした。
「志乃姉ちゃん、おはよう」
「おはよう。牧師さんから話を聞いていると思うけど、一人で遊んじゃダメよ」
「何でー?」
「このあたりで子供が行方不明になってるからね。しばらく私と遊んでいい?」
「いいよ!」
文子ちゃんはまだ子供だし、この町で子供が行方不明になっている事は、あまり理解していないようだった。
「何して遊ぶ?」
「お母ちゃんごっこしたい!」
「いいわね。天気も良いし、ゴザでも敷きましょう」
「うん!」
庭にゴザを敷き、文子ちゃんとおままごとして遊んだ。今日は秋とはいえ、すこ蒸し暑い。
文子ちゃんも遊んでいて、少し汗ばんできたようでハンカチーフで頬を拭ってやった。
「志乃姉ちゃんもお母ちゃんになるの?」
「そうだよ」
「へぇー。お母ちゃんになるってどんな感じ?」
文子ちゃんは、少し目立ちはじめた私のお腹を興味深そうに見ていた。
「ちょっと変な感じね。本当にお母ちゃんになるんだって意外と冷静ね」
「そうなんだ。あたしもお母ちゃんになりたいな」
そんな話をしていると、どこからか視線を感じた。この庭はうちの方の客間に近いので、塚田が見ているのかも思ったが、書生姿のあの男が見ている感じはしない。むしろ女の視線を感じた。
私はゴザから立ち上がって、門の方を見てみた。
そこには、黒づくめでマスクをした女がこちらを覗いているのが見えた。洋装で黒いマントを羽織っていて明らかにおかしい。数年前、西洋の疫病が流行ったときはマスク姿の女性は違和感なかったが、今は疫病騒ぎは終わっているので、違和感がある。
「あの、どちら様ですか?」
話しかけると怪しい女は、一目散に逃げて行った。あの足の速さは追いつけそうになく庭に戻る。ますます怪しい女だった。
春人くんも何か感じたのか、庭のやってきて文子ちゃんのそばに座っていた。
「ねえあなた達。黒づくめでマスクした女性を見た事ある?」
二人ともなぜかちょっと嬉しそうに頷いていた。
私も下駄を脱いで、ゴザの上に座り詳しく聞いて見る事にした。
「誰?何でもいいから教えてくれる?」
「うん、幸運のマスク様でしょ?」
文子ちゃんはそう言っていたが、何のことだかさっぱりわからない。
二人に聞くと、この町内に全身黒づくめでマスク女がいるという。彼女に出くわすと幸運がやってくるという噂があるらしい。
二人はキラキラとした笑顔で語っていたが、思わず顔を顰めてしまう。こう言ったお呪いのようなジンクス的な事はクリスチャンとしては抵抗がある。
「貴方達は、そのマスク様を信じているの?」
ちょっと顔を曇らせてしまった。
「別に信じてないけど、面白いじゃん」
春人くんは明らかに面白がっていた。このぐらいの子供ならよくある事かもしれないと思って、少しホッとする。
「文子ちゃんは、どう?何かマスク様について知ってる事ある?」
「うん!マスク様から飴貰った事ある!」
「え、文子ちゃん、会った事あるの?」
文子ちゃんは、目をキラキラさせて飴くれるなんて親切な人だと語っていた。
「その飴、持ってる?」
「持ってるよ!」
文子ちゃんは牧師館の子供部屋の方から飴を持ってきた。
「これだよ!」
見た目は普通の飴だった。リボン状の包みで特におかしな所はない。
「この飴、私が貰ってもいい?」
「えー、なんで?」
文子ちゃんは口を尖らせるが、ここは少し注意したほうが良いだろう。
「知らない人から食べ物もらっちゃダメ」
「そうだぞ、文子」
調子の良い事に春人くんは、私に同調していた。
「えーん、春人お兄ちゃんの意地悪!」
「わかった。あとで和菓子屋さんで好きなもの買ってあげるから、この飴は私にくれない?」
涙目になった文子ちゃんに餌をちらつかせと、ピタリと涙が止まった。
「僕も豆大福買ってくれる?」
「全く、あなた達現金ねぇ。いいわ。一緒にいきましょう。でも、知らない女の人にはついていっちゃダメ。牧師さんや隆さんにも言われてるでしょ」
餌で釣ったという事もあるかもしれないが、意外と二人は私の言う事を理解してくれた。
「それに二人が何かあったら、神様がとても悲しむと思う。それだけはやめようね」
「イエスしゃまも悲しむの?」
文子ちゃんは、さっきとは違う意味で泣きそうだった。
「そうだよ。イエス様は聖書の中でも子供を特別に愛していた箇所があるの。だから、本当に知らない人にはついていっちゃダメ。約束してくれる?」
ようやく二人は納得してくれたようだ。深く頷いていた。
文子ちゃんからマスク女から貰った飴を預かり、和菓子屋に向かった。




