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この街は車の交通量が多い。権力者の街でも多く見かけていたのを思い出したけれど、それ以上なのは確実だ。途切れることなく続く流れていく車をこんなにも長く見るのは初めてだった。まるで眠りの世界のようだと感じる。
この街では信号が機能をしている。そのタイミングでピタリと流れが止まる瞬間がある。信号のある場所まで行けばいいとも思うけれど、ここはちょうど真ん中辺りだ。どちらへ走るとしても、かなりの時間を要する。待った方が確実に早い。そのまま道路向こうの路地を目指すのなら。
僕は思い出していた。戦場では車なんてほとんど見かけない。装甲車はあるけれど、二・三台が突撃する程度だ。軍人を戦場に運ぶ際にトラックを使用することはある。多くても十台が続いて流れは止まる。それよりも恐ろしい光景が戦場にはある。たった一台のトラックの荷台にうず高く積もっている死体の山。それは毎日定期的に見ることが出来る。トラックの荷台が空で走るのは戦場に向かうときだけだ。いつも同じ高さまで積まれている。つまりは限界まで積まれているってことだ。
そういえば彼女の家があった権力者の街でも見かけたなと思い出した。それはエレベーターの中からも見ていたし、彼女の部屋の窓からも見えていた。なにも感じなかったのは、それが僕にとっての日常だったからだろう。家の窓からトラックが走り過ぎる光景は、物心ついてから毎日見ている。
ふと、目の前を一台のトラックが通り過ぎる。
参ったねぇ。この街を通るのはやめてくれと言っているんだがな。
男は顔を顰めながらもそのトラックに対して手を合わせて頭を下げた。
僕と彼女は顔を見合わせる。驚いた。彼女の目が大きくなっている。
彼女は慌てて男の真似をする。僕もそれに倣った。初めてのことだった。死体を軽く見ていたつもりはなかったけれど、死体の存在があまりにも身近で、なにかを感じることなんてなかった。祈りを捧げるなんて、軍人にはない習慣だ。死体はゴミと変わらない。
けれどこの街で見る山積みのトラックは、どこか異様だった。街並みに馴染んでいない。前後に普通の車が並んでいることが恐ろしい。今はマダラになっている人影だけれど、それでも権力者の街よりも多くの人が歩いている。普通の洋服でだ。
あんた達にも異様に映るんだな。
男は手を合わせたまま頭を上げてそう言った。
こんなに頻繁に通るようになったのは最近のことだよ。以前は月に一度程度だった。しかもこんな大通りは避けていたんだ。今ではどこの通りも利用している。毎日どころか数時間に一度は見ることが出来る。
ここも戦場のある街と変わらないってことか。それはとても寂しいことだと感じた。世界中で広がっていく戦争は、軍人にとってはどんな意味があるのだろうか? 今の僕にとっては無意味なものだ。けれど、戦うことしか知らない軍人にとって、戦場が広がっていくことは幸せなのかも知れない。生きる場所がないことが、なにより辛いんだ。僕達は常に生き場所を探し続けている。