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一般市民の街にも軍人は存在するという。そこでもやっぱり戦争があるかららしい。彼女ならそこで戦う軍人の恋人になっていてもおかしくはないと思った。
私にだって選ぶ権利くらいあるのよ。ただ派遣された家に行くだけの他の恋人達と一緒にはしないでね。
何故か彼の恋人は、僕にウィンクを飛ばしてそういった。投げキスまでついてきそうな勢いを感じ、身体が退いた。本当にされたら避けなきゃと身構える。
あなたって、意外と滑稽ね。
彼の恋人の言葉には、嫌味を感じない。どういうわけか、なにを言われても怒りは湧いてこなかった。それは出会った当時から変わっていない。
そういえば、僕にはまだ恋人がいる。今はきっと僕の家で過ごしているはず。僕のことを心配しているのだろかとは考えたけれど、会いたいとは思っていない。きっと、三日もすれば地下空間に帰って新しい軍人の恋人になっているだろうから。
一般市民の街に入ってから、二時間は歩いていた。ここではまだ誰ともすれ違っていない。恋人の姿は遠くで見かけたのが二度で、黒ネクタイのスーツ姿の男も二度脇道の奥で見かけている。
ここに暮らしている人は少ないらしい。
ここに来てからの彼女はよく喋る。いっぱい寝たからだろうか? それともお腹が空いているからかも知れない。僕達は水分は補給していたけれど、食事は一度も取っていない。