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正直言って、彼女の行動には助かった。予定とは違ったけれど、強行突破は成功した。ドアが消し飛んでいた。ただ真っ直ぐに突き進めばいいだけだ。まさに強行だよ。ドアがないんだ。とても楽だった。
僕と彼は爆発を合図にしていたかのように素早い行動だった。
境界線を越えることは簡単だった。その先には軍人どころか誰もいなかった。けれど、ドアや壁を壊してしまったからなのか、軍人達も後を追ってきた。逃げ切るつもりでいた僕達は驚いた。僕は彼女を脇で抱え、彼は彼の恋人の腕を引っ張っていた。
限界は近いと感じながらも取り敢えずは走り続けた。追いかけてくる軍人達は、足もそれ程早くはなく、銃撃の腕前もイマイチだった。だから助かったんだよ。本気の暗殺を試みていたわけではないんだと強く感じた。
けれどいつの間にか追い詰められていたようだ。目の前に壁が迫る。どうやら行き止まりのようだ。今更左右に身を振っても逃げることは叶わない。だったら戦うしかない。と思っていら、目の前の壁がグイーンと開いた。
早く入って!
彼女がそう叫んだ。
僕達には迷っている暇はなかった。精度の低い銃撃も、至近距離なら危険は増す。追い詰められた感が強い。流石に僕と彼でも銃弾を避けるのは難しい。
目の前の壁がグイーンと開いた。
そして飛び込んだ。
その瞬間、グイーンと壁が閉じた。
なにが起きたのか、すぐには理解出来なかった。けれど、壁が開くときも閉じるときにも、同じような音が聞こえていた。
カチッ・・・・
彼女がなにかを押した音だった。
彼女の右手には、もう一つのリップが握られていた。鮮やかなオレンジ色のルージュは、彼女に似合うなと僕は思い、勝手に想像してニヤけてしまった。
これはID替わりのリップなの。
そう言った彼女もニヤついていた。
私ってそんなに可愛いかしら?
そう言いながら蓋を開けて唇に塗った。
僕はキスしたい衝動を抑えるのに必死になる。彼女も同じ気持ちだったことが唇の震えで感じられて嬉しくなった。
壁の向こうから聞こえる物音は銃弾が当たる音だと思われる。境界線の上の壁がそんなに軟弱なわけはない。一つ手前の壁とはやっぱり違う。この壁はダミーじゃないってことらしい。壁のこっち側には、軍人ではないけれど人がいた。
お帰りなさい。
そこに立っていた男性が挨拶をする。僕達に顔を向けながらのお辞儀は、初めて見るとギョッとした。