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これが使えるかしら?
彼女はそう言いながら黒い手提げ鞄から取り出したリップを僕の顔前に差し出した。
それで唇を乾燥から守ろうってわけか。
僕はつまらないことを言ってしまったと落ち込み、首を横に振った。
すると彼女はちょっと待ってねと言いながら、僕の背中から飛び降りた。
これはリップじゃないのよ。
そうは見えないけれど、そう言うとは思っていた。
四種類あるうちの一つで、彼女には似合いそうにもない濃い紫色のルージュだった。
これはね、こう使うのよ。
彼女はそう言いながら散歩前後してから、境界線側の軍人に見えるように唇に引いた。
上下の唇に塗り終えると、唇を結んで、うーんっまっ! と口を開く。
するとそこから得体の知れない波動が飛び出してあっという間に軍人を倒したとはならなかった。彼女はにっこりと笑顔でウィンクをした。そしてリップを床に叩きつけた。蓋を開けたままにしていた理由はすぐ後に分かる。
叩きつけられたリップから煙が上がる。リップの本体はなんてことはない煙爆弾だった。催涙ガスでも毒ガスでもないようだった。彼女はゴーグルもかけていないし、マスクもしていない。けれど、目眩しにはなった。正直言って僕と彼にとってはなんの問題もない。
僕と彼は呼吸を合わせて強行突破するつもりだった。ドアのある場所は把握していた。そこが偽物でない限りは問題ない。
一歩を踏み出す直前に、彼女が蓋を投げ飛ばした。境界線のある方向に。
コツンッとい小さな音が響いた。そしてすぐに、ドカンッ!
軍人達の悲鳴が聞こえて来る。なんとも弱々しい声だった。きっと、本物の暗殺者ではないんだろうなと思われる。新人が駆り出されたんだ。もしかしたら、訓練生の可能性もある。
大きな爆発ではないけれど、突然のことには僕も彼も驚かされた。