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僕はなにも感じなかった。この世界はおかしいことだらけだ。いちいち疑問を感じていたのでは前に進めない。それは眠りの世界で学んでいた。
恋人が僕達の精液を搾取する為に派遣されていることは知っていた。毎月一度の訪問がその為だってことはすぐに気がつく。
けれど、奥に連れて行かれる彼女がどんな検査を受けているのかは知らなかった。恋人に聞いたことはない。妊娠しているかの確認だと思ったことはあるけれど、妊娠した恋人を知らないからそれはないだろう。まさか体内に溜まった精液を取り出しているとは考えもしなかったよ。それだけでなく、排卵した卵子も取り出していたようだ。
恋人達の身体は、半分くらいは人工的に改造をされている。それは身体だけではなく、心も同様に改造されている。洗脳とも呼んでいる。
恋人達は物心つく前に僕達と同じような部屋を与えられ、そこで一人きりの生活を始める。その場所が地下空間にあることは分かっているけれど、彼の恋人でさえその正確な位置は把握していない。
部屋での生活は基本自由だったようだけれど、天井から聞こえてくる声に従った勉強の時間がある。本やノートは気がつくとテーブルの上に乗っている。僕達と似ているけれど、僕達のように興味を持ったことへの手助けはしてくれない。僕の場合は絵を描くことで、彼の場合は音楽だった。恋人達は、そういった趣味が一つもない。そうなるように育てられていた。
恋人達も誕生日は僕達と同じだ。そして十歳の誕生日からは定期検診が始まる。僕達が連れて行かれるあの場所で、月に一度検査をする。つまりは今でも変わらずに同じことが続いているってわけだ。今は軍人を引き連れてはいるけれどね。
恋人達は軍人達とは違って訓練で死んでしまうことはない。けれど、その資格がないと告げられる者はいる。殆どは身体的な理由で弾かれているけれど、中には精神的な理由で弾かれる者もいる。勿論、そうはならないようにコントロールはされている。当然本人達に気がつかれないように。
幼い頃から食事や思考を管理しているのはその為だ。十五歳になると、軍事達に好まれるにはどうすればいいのかの訓練が始まるそうだ。教官には女性がつくという。
基本的には恋人達も軍人達と同じようだ。その殆どが気がついたらそこにいて、有無も言えずに恋人になる。
けれどやっぱり、例外はいる。普通に生まれても、生まれつきの素質っていうものがある。訓練なんてろくにしなくても誰よりも上手くこなしてしまう。僕は会ったことがないけれど、彼はそんな軍人を何人か見ているようだ。
そして、目の前の彼の恋人こそがそうだとも言う。軍人ではなく、恋人だけれどね。