70
彼女の家には地下室があった。しかもそこから更に秘密の部屋を通って更なる地下に行く。その際彼女はまた、透明のリップを塗っていた。
これが私のIDなのよと、彼女は言った。僕が不思議がる顔を見たからだろう。何故だか嬉しそうな顔をしていたのは謎だよ。
地下室の先には見覚えがあった。毎月一度恋人と通る道にそっくりだった。
懐かしそうな顔をしていたことだろう。彼女が僕にこう言った。
ここはあなたの故郷に似ている。確かにそこへと通じてはいるけれど、ここはまた別の道なのよ。
それじゃあここは何処? っていう僕の質問には答えてくれなかった。
一つの扉の前で彼女は立ち止まった。
そこが扉だってことには後で気がついた。取っ手なんてない。縦長の四角い切れ目はあるけれど、それはそこにあると知っていれば気がつくレベルだった。
その側にある四角いパネルには見覚えがあった。そう思っていると、彼女は想像通りに手の平をかざした。
開いたドアの向こうには、彼が立っていたけれど、その隣の椅子に腰掛けている人物には本気で驚いた。
あら、久し振りじゃないの?
彼の恋人が、僕に向けて笑顔を見せてそう言った。
どうして君が?
僕は勝手に想像していた。彼は恋人に止められた為に公民館に間に合わなかったんだと。恋人に行かないでと言われれば、断るのは難しい。逆も同じだ。一緒に行きましょうと言われれば、着いて行くしかない。僕達軍人は、恋人の誘いにはとても弱い。別れを切り出すときも、言葉にするのは僕達の方だけれど、そう誘い込まれていることが多いような気がする。
さぁ? どうしてかしら?
彼の恋人は笑いながら彼を見上げてそう言った。
俺達もずっと考えていたんだ。どうやって外の世界へ出ようかってね。まぁ、俺達はまだ自由にはなっていないけれど、お陰で近付けたとは思っているよ。
彼の言葉を聞いて彼女が反応を示した。
そういうことだったのね。
なんて言うけれど、僕には全く理解出来ていなかった。
僕を置いてけぼりに三人は会話を進めた。僕は無反応でその場に居ただけだ。僕がついていけてないことは三人共が認識をしていて、誰も僕に向かって話しかけてくることはなかった。
それじゃあ早速動きましょう。と彼女が言った。話はどうやらまとまったらしい。
僕はその説明を聞かずに行動を共にすることになった。正確に言えば聞けなかっただけだ。教えてもらえなかったとも言える。質問は何度かしているからね。
けれど、実際についていけば分かることは多い。口で説明されるよりも、目で見て体験する方が理解は早いってことだ。