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彼女がなぜ支配者の街で暮らしているのかは教えてくれない。しつこく聞くことは出来たけれど、意味がないことは承知している。教えたくないことは誰にだってある。まぁ、僕にはないんだけれど。
街から街への移動の際、彼女は小まめにリップを一つ取り出して唇に塗っていた。外側は緑で白いキャップのついた透明なリップだった。僕も使うことはあるけれど、冬場の乾燥を防ぐためだ。この季節には使うことはない。
それってなにか意味があるの? 僕がそう言うと、女の嗜みよと笑顔を見せながらそう言っていた。
支配者の街は安全だと、僕は勝手に思っていた。これで僕は自由だ。そんな油断が崩れるのは早い。
ジジジジッという物音が僕のポケットから聞こえてくる。
それがなんの音なのかはすぐに分かる。僕達は普段からその音には敏感なんだ。僕自身が持つことはなかったけれど、そこから聞こえてくる声は重要だ。戦争での生き残りがかかる大事な局面に聞こえてくることが多く、その言葉に戦局が大きく左右されるからだ。
ズボンの内ポケットに忍ばせていたトランシーバーを出すと、誰かの声が聞こえたけれど、一瞬で消えてしまった。
僕はボタンを押して声をかける。
もしもし! 応答願います! どうぞ!
周波数が合っているのはおじさんに預けたトランシーバーだけだ。彼の手に渡ったかどうかは不明だけれど、僕は彼の声を期待する。
やっと繋がったな! どうぞ!
期待通りになるのは嬉しいものだ。自然と声が弾んでしまう。
こっちこそやっとだよ! どうぞ!
素直な言葉だった。
彼とのやり取りは手短だったけれど、彼女のサポートで僕は彼に会うことが出来た。
すぐに部屋を出るように言われた。行き先は地下の秘密基地。追っ手はもう迫っている。彼女の行動は素早かった。