66
そろそろ来る筈よ。彼らはいつもタイミングよくやって来るから。
部屋を出るといっても、僕にはドアの開け方も分からない。部屋をうろうろしたけれど、ドアが勝手に開くことはなかった。ここに入るときに見たのと同じようなパネルは壁に埋まっているけれど、僕の手の平では無反応だった。適当に数字も入れたけれど、開くはずはない。
それなら問題ないわよ。まずは準備をしましょう。流石にこの格好ではすぐにバレてしまう。
彼女は僕がぶら下げている黒い手提げ鞄に気がついたようだ。
ちょっとそれ、どうしてあなたが?
動揺する彼女に対して、僕は冷静に説明をした。この鞄を誰がどこで探したのかと、その洋服のことと、僕が中身をチェックしたことも。
彼女の動揺は明らかに増していた。鞄を逆さにして全てをベッドの上にぶちまけてチェックする。
洋服はチェックをしながらガウンと取り換えて身につける。その際僕の方をチラッと見たけれど、なにも言わなかった。破けた場所はそのままっていうわけにはいかないようで、針と糸で繕っていた。針と糸は僕が手渡した。普段着の僕だけど、いくつかの装備を洋服の裏に隠している。
四本のリップは蓋を開けてくるくる回して全てを確認していた。ホッとため息を吐く姿が目に焼きついた。
財布の確認は意外な程に適当だった。お札の数は数えない。コイン入れは開けもしなかった。
けれど、そこにないものに気がついたようだ。やっぱりなんて言いながら長いため息を吐いた。
どうしたのって僕が聞くと、彼女はわざとらしい笑顔を浮かべた。
あなたじゃないのは分かっているわよ。ってことは彼がやったってことなのね。まぁ、仕方がないわね。彼が悪いわけじゃないし・・・・
その先を聞きたいとは思ったけれど、僕は敢えて聞かなかった。聞かなくても分かるっていう訳ではない。聞かなくてもそのうち分かる日が来ると思っているからだ。それも近いうちに。
それじゃあ行きましょうかと彼女は言いながらベッド脇のボタンを押した。
するとすぐ、天井から声が聞こえてくる。
どうかしましたか?
その声は明るく弾んでいる。今にも笑い出しそうなほどに楽しい気持ちになる。
外の空気を吸いたいの。いいかしら?
彼女がそう言うと、天井では少しの間が空いた。唾を飲み込む音が聞こえたような気がする。
はい! 分かりましました! それでは玄関までご案内いたしますのでそのままでお待ち下さい!
弾んだままの声が聞こえてくる。
窓の外をご覧に頂くことをお勧めします!
そんな言葉に僕はハテナマークを浮かべるけれど、彼女は急に頬を高揚させた。そして、ジョージも見た方がいいわよ! 天井の声に負けないほどに弾んだ声でそう言った。
僕と彼女は窓辺に並んで立った。
こんな経験は初めてだった。景色が縦横斜めに動いている。どういうこと? 鏡張りのエレベーターに乗っている感覚に似ているけれど、普通は上下にしか動かない。
その光景は、とても綺麗だった。けれど不思議だ。左右斜めの動きは理解が出来るけれど、途中で何度か回転をしているように見えた。それって有り得ないんじゃないかと感じる。外からこの建物を見ていたから尚更だ。建物全体が回転している可能性は否定出来ないけれど、そんなことが技術的に可能なのか? 僕にはそうは思えなかった。
けれど現実にその外の景色は回転していた。
地面が徐々に近づいてくる。その動きがゆっくりだから楽しめたけれど、これがもし高速だったらと思うと恐怖しかない。
ドアが開きます! ご注意下さい!
その声が聞こえたすぐ後にプシューなんて音を立てながらドアが開いた。