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扉が開くとそこは手術室だった。既に数名の医師が待ち構えていた。僕は当然立ち会うつもりでいる。
お連れの方は外で待っていて下さい。
身体全体を覆う緑の前掛けをしている医師がそう言う。僕は激しく首を振る。それは無理です。側にいさせて欲しい。
お願いをする態度ではないけれど、感情をぶつけるには素直な言葉が相応しい。
それじゃあいいでしょう。医師は少しも迷わずにそう言った。そして後ろで待つ多くの医師へと振り返る。
ちょっと君、彼に手術着を渡してくれないか?
医師は特定の誰かを指してそう言った。言われたのは女性だったようで、分かりましたと小気味のよい返事をして部屋の隅に駆けていく。
僕は緑の手術着をその場で着た。そして手術を見守った。
本格的な手術を見るのは初めてだけれど、人体を切り刻む姿は何度も見ているし、僕も実際にしたことがある。戦場で傷の手当てをする際にわざと皮膚を大きく切り開くことも経験している。壊死した足を切断したこともある。けれど、彼女の身体を切り開くのを見るのは辛い。
背中の傷自体にはなんの問題もなさそうだった。彼の手当ても完璧で、ほんの少し丁寧に縫い直してお終いだった。問題は内側にあるようだ。内臓がやられている。どうするつもりなのかと見ていると、用意されていた人工の内臓と取り換え始めた。彼からの連絡が入っていたのか、公民館のおじさんが伝えたのかのどちらかだろう。それにしても医師の下準備は完璧で、その手際もいい。軍の医療部隊とは桁が違う腕前だ。こんな医師が戦場に一人でもいれば、救える命は多いことだろう。まぁ、そうすることに意味があるのならだけれど。
差し替えた内臓のがほんの少し大きいように感じたの気のせいだろうか? 覗き見た彼女の身体の内部は、少し僕達とは違う気がしなくもない。僕は何度も軍人の体内を見ている。ほんの少しだけれど、色味が違うような気がする。彼女の体内は、なんだがとても艶がいい。機械的とも感じられる。
手術は無事に成功したようだ。医師が一人、部屋を出て行った。僕の横を通る際軽く頭を下げていた。僕もその場で頭を下げた。部屋のドアが開いたとき、僕は医師の背中を見つめてもう一度頭を下げた。今度は深々と背中を折り曲げながら。ドアが閉まる音を聞くと、頭を上げる。そしてすぐに彼女の元に駆け寄った。
彼女は手術後の処置をしていた。縫合は出て行った医師が済ませている。傷口を丁寧に拭き取り、汚れた洋服を脱がせる。入院用のガウンを着せたところで移動を始めた。僕はなにも言われなかったけれどその後をついて行く。脱がされた洋服は全て僕が受け取った。ゴミ箱に捨ててもいいかと言われたけれど、断った。