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おじさんは僕から視線を離さない。きっと、僕が知らないことを山程知っているのだろう。無理に聞き出すことも出来そうだなと思う。けれど、そんなことをしても意味はない。今は時間がないし、知らないことはこれから知ればいいだけだ。
これを彼に渡してくれないか?
僕はおじさんにトランシーバーを一つ投げ渡した。
おぉとっと、なんて声を出しながらお手玉をするようにトランシーバーを受け取ったおじさんは、任せとけ! と声を張り上げながら右手をグーにして突き出した。ウィンクをしながら。
僕は思わず笑ってしまった。
ヘリコプターは僕を乗せて飛び立った。向かう先は病院だけれど、それが何処にあるのかは僕には見当もつかない。そもそも飛び立ったヘリコプターが戦場を超えてしまうと、僕はもうここが何処なのかも何処に自分の家があったのかも方向感覚がまるでなくなってしまっていた。
ヘリコプターが病院に着くまでには一時間を要した。真っ直ぐに向かっていたようには見えたけれど、街の灯りは乏しくてあてにはならない。急カーブを切らない限りは気が付かないだろう。灯り一つない真っ暗な箇所もいくつか通過している。
ヘリコプターの上からでも、僕にはこの世界がまるで見えていなかった。
さぁもうすぐ着きますよ。見えますか? 前方の大きな建物、その横にあるのが病院です。
ヘリコプター内には僕と彼女の他に三人が乗っている。公民館に入ってきた二人と、パイロットが一人だ。三人は無線で誰かと連絡を取っていた。僕には理解出来ない暗号を使っているようでもあった。ただ、理解出来たこともある。彼ら三人は救急隊員と呼ばれている。医者ではなかった。病人や危険地帯で身動きの取れなくなった一般人を助けるのが仕事だ。眠りの世界では見たことがあった。燃え盛る建物の中にも突入していく。