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軍人達の反応は素早かった。彼女を刺した後に逃げようとしていたその男をあっという間に取り囲む。もっとも、最初にその男を捕らえたのは彼だった。彼がその男の腕を掴んでいた。
その男は彼にその腕をへし折られ、取り囲んだ軍人の一人にライフルで頭を撃ち抜かれた。
彼女を殺そうとした理由が分からなくなってしまった。もっとも生かしておいたところで自白なんてしない。軍人は基本口が硬い。暗殺者ならば尚更のこと。秘密を打ち明けるくらいなら喜んで自害する。拷問を受けてもなにも感じることはない。
ねぇ・・・・ さっきの言葉は本気なの?
苦しそうに息を詰まらせながら彼女が口を開いた。額には汗が浮かんでいる。
彼女がなんのことを言っているか分からないまま僕は答えた。
もちろんだよ。僕は常に本気なんだから。
・・・・結婚、の、こと、も?
彼女の声が掠れていく。途切れ途切れになりながらも必死に声を出す。彼女は死を覚悟しているのか? 哀しいことにそう感じてしまった。涙が込み上がってくるのを感じる。
ほんと、う、に、うれ、しい・・・・
死んじゃダメだ! 僕は想いのままに強く叫んだ。君のことは絶対に助ける! 絶対に守るって決めたんだから! 涙と唾を飛び散らせながら叫んでいた。
ナイフが刺さったままの彼女を抱え、僕は何処かへ行かなきゃとうろうろしていた。行くべき場所は分かっている。けれどそれが何処なのかが分からない。何処にあるのかっていう意味も多少は含まれているけれど、そこにはもっと大きな問題がある。
病院なんてこの街にはない。軍の施設に行けば看護部隊がいる。そこに行くしかない。けれど・・・・
軍人以外が施設に入ることは許されていない。だったら街を出ればいい。そう思ったけれど、それが分からないんだ。どうやって街を出る? 街の外の何処に病院があるんだ?
取り敢えず止血をしよう。
背後から彼に声をかけられた。
そんな状態で連れ回したら助かる命も死なせることになる。取り敢えずゆっくりとカウンターの上に寝かせよう。シーツを敷いておいたから、うつ伏せに寝かせるんだ。
僕は彼に言われるがままに彼女を移動させた。彼女の意識が薄らいでいくのが見てとれる。けれどその瞳は負けていない。生きたいっていう気持ちが強く出ている瞳だった。
僕は戦場で多くの負傷者を見てきた。どんなに重傷でも、瞳が負けていない者は簡単には死なない。瞳が負けている者は、軽傷だとしても死んでしまうことが多々ある。
彼は応急処置に慣れているようだ。軍人なら当然のレベルを超えていた。止血をしてからナイフを抜き、ウィスキーで消毒もする。側にいた戦闘服姿の軍人から針と糸を借りて、傷口を縫った。そして傷口に軟膏を塗ってから破いたシーツでぐるぐる巻きにする。
彼女は痛みに意識を失っていたようだ。それはとても賢いことだと思う。無理に痛みを耐える意味はない。そんなことをするのは軍人だけでいい。この世界を生きていくのに、痛みなんて不必要なんだ。