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 彼がなにをどう言ったのかは分からない。ただ、彼が教官になった事実があるだけだ。そしてそのことをあの子が悔やんでいたっていう事実もある。

 あの子は自分のせいだと言っていた。彼はもうすぐ死んでしまうのよ。そう言いながら涙を零していた。

 教官になった彼が死ぬっていうことは、みんなが想像していたことだ。僕もそう思っていた。彼もついに死んでいく。生き残りがまた減っていく。仕方がないことだけれど、当然ショックは大きい。

 不謹慎な奴等はどこの世界にもいる。彼が何日で死ぬかの賭けが始まった。

 多くの奴が一日持たないと予想した。二日とか一週間とかの声もあったけれど、僕だけは違う答えを出したよ。賭けというよりも、希望だった。

 彼は死なないでやり遂げる。三ヶ月後にはここでまた僕達と一緒に戦っている。

 僕の答えに周りは驚いたよ。僕は本気を示すために一週間分の給料全てを賭けることにした。

 教官の仕事を任されて最後までやり遂げた軍人は一人もいないと言われている。訓練時代から聞いていた噂ではあるけれど、そのときは知らなかった現実もある。

 教官は一週間毎に各地の訓練場を巡り、三ヶ月で任期満了として元の部隊に戻ってくる。同じ訓練所内では、同じグループに二度接することは原則禁止とされてもいる。

 彼は見事にやり遂げ、なにもなかったかのように戻ってきた。

 それは珍しい出来事なんかではなく、この地域では初めてのことだった。

 周りの大騒ぎを他所に、彼は普通だった。誰かになにを聞かれても、そうですか、はい、ありがとうございます。そんな返事しかしなかった。もっとも、生きて帰ってきたからといってお偉いさん方に褒められるなんてことはない。表彰すらされなかった。それが当たり前だっていうスタンスは崩せない。もしも崩してしまえば、死なせるために派遣したと認めることになってしまう。

 戻ってきた彼に対してあの子がなにを言ったのかは分からないけれど、二人の絆が深まっている様子は感じられた。廊下でのすれ違い際にあの子は僕にこう言ったんだ。

 ありがとう。あなたと別れて私は幸せよ。ってね。キョトンして足を止めた僕に対し、あの子はこう付け加えた。私はもう迷わないわよ。と。僕はあぁそうかいと、笑顔を作って頷いた。

 僕はこのとき、二人が失踪した件について尋ねようとしたけれど、やめおいた。知らない方がいいことは世の中に沢山あると感じたからだ。実際にはその少し前に、彼にちょっとだけ探りを入れていた。派遣から無事に帰ってきた翌日のことだ。僕は賭けに勝って大金を手にしていたから、気が大きくなっていたんだと思う。彼に対してこう言ったんだ。あんたならきっと生きて戻ると信じていたよ。なんせあんたはあの子と一度失踪しているからな。

 そう言い終えた瞬間に寒気を感じた。横顔だけでも彼の殺気が伝わってきた。こうやって敵の軍人は彼に殺されているんだと感じると、手足が震えてくる。

 なにを言っているのか分からないな・・・・ 振り返りながらそう言った彼には、無表情の中に狂気を隠しているのが窺えた。口元が吊り上がっている。それ以上の詮索は危険だと感じた。だから僕はこう言って話を終了させたんだ。そうだよね。少し語尾を上げながら、可愛さを強調した理由は自分でも謎だよ。

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