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ノートには僕が生まれてからの記録が書かれていた。誰が書いたのか分からない絵も添えられている。
その絵はとても上手だった。少なくとも記憶にある僕や恋人の姿はそっくりだった。僕が見てきた景色も多く描かれている。
けれど足りないものもあった。眠りの世界の出来事は一つも描かれていない。居酒屋の彼女のこともほんの少しの記載だけで絵はなかった。
一番の収穫は記憶にない時代の記述だった。幼い頃の絵を見ても実感は湧かないし、懐かしくなんて思わないけれど、その頃どこでなにをしていたのかには興味がある。両親のことも気になっていた。
そこに書かれていたことは嘘かも知れない。そんなことは分かっているけれど、それでも自分の過去を知れることは嬉しかった。
僕が生まれたのはここから遠く離れた街だという。そこでは激しい戦争が続いていたそうだ。戦場はいくつも存在している。それは知っていた。けれど僕の頭は幼い。戦場は軍人だけの特別な場所だと考えていた。仕方がないよ。そんな戦場しか経験していないんだ。戦場近くのこの街でさえ、戦争の影は薄い。軍人がウロウロしてはいるけれど、戦闘や暗殺が起きることは少ない。
僕は市街戦が行われてる真っ只中に生まれたそうだ。お父さんもお母さんもしっかりと存在していた。その名前まで記されている。僕はずっと自分の苗字を知らなかった。訓練場でも戦場でも呼ばれるのは認識番号だけだ。恋人達も名前では呼んでくれない。僕の名前には興味すら持ってくれなかった。眠りの世界では彼と彼女が僕のことを初めから下の名前でしかもちゃん付けで呼んでくれていた。だから名前があることにも呼ばれることにも違和感はなかった。名前はどちらの世界でも共通だった。当たり前だけれど、嬉しく感じたのを覚えている。成長と共にちゃんは消えたけれど、それはお互い様だった。それとは別にたった一人だけ下の名前で呼んでくれているのが居酒屋の彼女だ。彼女はわざわざ僕の名前を尋ねてくれた。大抵の人は上着の左胸に記されている番号を見て話しかけるだけなのに。
僕の名前はジョージ。苗字はクルス。お母さんの名前はナオミで、お父さんの名前はケントだった。
両親の情報はとても少なかった。名前以外に記されていたことは、お母さんが看護師をしていて、お父さんが軍人だったってことだ。そして二人は僕が三歳のときに死んでいる。お父さんさんは暗殺され、お母さんはそれに巻き込まれた。