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壁の向こうの空間はとても狭い。入り口の幅と同じで横向きでしか歩くことが出来ない。入ってすぐに左側に進んでいく。斜めにほんの少し下がっているように感じられる。ほんの三メートルほどで壁にぶつかり、左側に九十度の曲がり角になっていると気がつく。そこからは階段じょうに降りていく。壁にぶつかる直前は落とし穴のようになっている。そのまま落ちても怪我をするレベルではないけれど、ハシゴのような取っ手が壁側に付いている。その梯子を降り終わると元来た方向に折り返す。少しの傾斜を感じながら壁にぶつかると右側に九十度曲がり、傾斜を感じながら次の壁にぶつかる。九十度右側に曲がると今度はまた階段じょうになっていて、壁にぶつかる直前の穴に気をつけて壁側の取っ手を頼りに下へと降りる。降りたら元来た方向にほんの少し斜めに戻っていく。そして壁にぶつかると左に曲がる。そこからは壁の隙間に身を入れてからの繰り返しが待っている。いつも途中で数えるのをやめてしまうけれど、三十は確実に超えている。
その空間には所々小さな明かりが灯っている。静かな音楽が流れてもいる。広い空間に辿り着くまでには、三十分はかかっている。
広い空間に出る直前には壁側の取っ手を伝って降りた後に待っていた。それまでの繰り返しよりも倍以上に長く続く垂直の道は、流石に落ちたら怪我をするだろうと思えた。一度目は調子に乗って何度か垂直の道を飛び降りていたけれど、二度目からはやめている。
広い空間は、いきなり開けたように感じられたけれど、実際は壁を降りている途中から少しずつ広がっていたと帰り道で知ることになる。登っているときに、そういえば降りるときにはいつの間にか横向きから正面を向いていたなと気がついた。
帰りも来た道を戻ることにはなるけれど、どこか別の道を通れば外から帰ることが出来るとの噂がある。いつか探し出さなくてはと思っている。
そこからの道程はとても複雑だった。恋人はスラスラと右へ左へと歩ていくけれど、少しでも迷えば二度と自分の部屋には戻れないだろうと当時の僕は感じた。特に帰り道は厄介だ。その場所へはすれ違う誰かに聞けば辿り着く可能性もある。けれど逆は、余程の幸運がなければ不可能だと思われる。
開けた道に階段はない。その分なのか別れ道はいっぱいある。迷路のように行き止まりもあるけれど、僕が知らないなにかの目的が必ずあると思われる。誰がこの世界を仕切っているのかは分からないけれど、その誰かが無駄なことをするとは思えない。
僕はその場所で、多くの恋人達を目にした。半分程は軍人と寄り添い歩いている。けれどその他の半分は一人で歩いていた。
そして何故か、一人で歩く軍人は一人もいない。