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月に一度恋人に連れられて出かける場所は、建物の地下からでないと行くことが出来ない。一度地下へ降りると方向感覚が失われる。それはきっと、意図的にそう設計されている。距離も直線ではないため分かり辛い。
この建物に地下があるなんてその日が来るまで知らなかった。よくよく考えると不思議なことだけれど、以前は少しも気にしていなかったことがある。地下道を歩くことでその不思議の謎は解けた。
地下へと続く道は、この部屋の中に存在している。普段は物置として使用しているこの部屋が、ほんの少し狭いと感じていた。部屋のバランスを考えると、隣の部屋への壁も、キッチン側の壁も廊下側の壁もほんの少し近いような気がする。本来の面積よりも二回りは小さいんじゃないかと思ったことは何度もあった。
僕達全員がその部屋を物置として使っているわけではない筈だけれど、その部屋の違和感を感じていない筈もない。少し小さいのは子供用だなと考えるのは、そのときの自分がまだ子供だったからだ。今では決してそんなことは考えていない。地下へと通じていると知った以上は、子供なんて近づかせるべきじゃない。
その壁の一部がスライドする。見た目じゃ全く分からないけれど、力を使わずともたった一つのコツがあれば誰でも開けられる。
部屋に入って真正面の右奥の角がキッチン側にスライドする。今の僕だと横向きでなんとか通れる幅しかない。
壁をスライドさせるには、ほんの少し押しながら右側に力を入れればいい。口で言うのは簡単だけれど、コツを得るまでは難しい。スライドする壁全体を均等に押さなければならないからだ。僕はまだ慣れていない。もっとも慣れる必要はない。一緒に行くその時々の恋人が開けてくれるからね。