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この街には多くの巨大な建物が立っている。僕達軍人が暮らすこの建物のことだ。幾つあるのかは分からない。建物の間には広場があり、訓練所へ通じる道路があり、その脇などにはお店がある。
けれどこの街には、軍人以外が暮らす家がない。お店で寝泊まりしている人はいるけれど、そことは別の自宅を必ず持っている。それがどこにあるのかは、今はまだ分からない。噂では聞いているし、彼女の説明も少しは受けている。けれどまだ、僕には把握出来ていない。
訓練の中で誰かを殺すことがある。勿論、殺意があっての殺しではない。それは単純に真剣な訓練をした結果に過ぎない。
訓練に耐えきれずに死んでいく軍人はここにはいない。柔な身体では戦場だけではなく、訓練場だけでもなく、この建物内でも生きてはいけない。物心がついてからとはいえ十二歳になるまで一人きりで生きていくことは普通ではない。精神的にも肉体的にも自然と鍛えられている。それに加えて時間に余裕があるから勝手にトレーニングをして体力をつけてしまう。ちょっとやそっとのスパルタではへこたれない。
僕が殺したのは一人だけだった。他の大勢と同じように、訓練中に勢い余って殺してしまっただけだ。
この世界はそういうものだ。強い者だけが生きていける。
訓練中の戦場では、教官が僕達を守ってくれる。だから訓練中に僕達が死んだことは一度もない。けれど、教官が死ぬのを見たことはある。教官が敵を殺すのも見ているけれど、どういうわけか大抵の教官は弱い。僕達の前では戦おうとしない。逃げてばかりいる。それが僕達の命を守るための行動なのかとも思ったけれど、そうではないと今は確信している。誰かを守るには、自分を犠牲にする覚悟が必要となる。
戦場への案内役を受け持つ教官は、その日には死なずとも、その後数日で確実に死んでいる。それは噂としてでなく、実際に教官の口から聞いている。まぁ、イレギュラーは存在しているらしいけれどね。
死んでもいいと思う軍人はいないけれど、長く戦場にいれば死を恐れるようになるのは当たり前だ。死には、慣れない。慣れとは繰り返しだ。死は繰り返さない。一度で終わってしまう。慣れようがないんだ。慣れるのは、他人の死だ。それから、生きることだ。生きることに慣れてしまうと危険だよ。僕のようになる。
死を恐れている軍人は、守る力に長けている。自分が死ぬのが怖いのは当然として、他人の死をも恐れる傾向にある。特に訓練中の僕達には愛着が湧くようで、必死になって守ってくれる。