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元の世界に戻るといつも通りに運動をしてシャワーを浴びて晩御飯を食べて少しのリラックスをしてから眠りについた。
僕だって普通に夢を見る。夜の睡眠中の話だ。大抵はその日に起きたことを中心に過去に体験したことや本の中で見たことやそういったものを参考に想像したことが混ざって自系列も登場人物も場所も滅茶苦茶に物語が進んでいく。それを物語と呼ぶには少し抵抗があるかも知れないけれど、僕にははっきりと感じられるんだ。僕の夢は、楽しい。希望と不安がごちゃ混ぜだけれど、主人公が自分じゃないこともあるけれど、現実にはありえない希望的展開が目立つけれど、そこには確かに僕だけの世界が拡がっている。
夢は大抵はっきりとは覚えていない。部分的に覚えている箇所がある程度だ。元々僕の夢は大抵が部分的の連続なのかも知れない。
この日見た夢は、珍しく連続的だった。変わった展開も少なく、目覚めの瞬間もそれ程嫌ではなかった。
夢から覚める瞬間は、あまりいい気分を味わえないことが多い。楽しい瞬間をバッサリ切られてしまったり、喧嘩や事故で痛い思いをしたり、恐怖のピークが訪れていたりするからだ。週に五日はそんな感じで目を覚ます。その他の日は単純に全てを忘れているだけだ。目覚めのいい夢なんて、一年に数回あれば大喜びだった。ちなみにこの日の翌日は、僕の記憶では数年振りの目覚めのいい朝だった。
広場に集まる多くの軍人達が、僕を見上げている。僕は眠りの世界の彼が着ていた制服を身に纏い、壇上に立っていた。
それではこれより、最高司令官の挨拶を始める! 左向け前! 整列! そして敬礼! 前へ倣え!
僕がそう叫んだ。意味なんて滅茶苦茶でも構わなかった。夢なんてそんなもんだ。三千人が僕の言葉に従う。
カツンッカツンッと背後から足音が聞こえてくる。僕は振り向かない。振り向かずともそれが誰なのかが分かる。
僕は前を向いたまま三歩斜め左に下がる。僕の右側を通り抜ける二つの影。僕は決して横に顔を向けないけれど、二人がチラッと視線を向けたのを感じていた。
諸君! 本日は誠におめでとう!
二人は揃って大きな声を出す。
軍人としての心得、その一!
彼がそう言った。
なにがあっても生きて帰ってくること!
彼女がそう言う。
心得、そのニ!
笑顔を忘れない!
心得、その三!
勉強は楽しく!
彼と彼女は交互に続けていく。
心得、その四!
優しさを忘れないで!
午前中に聞いていた心得と同じだったのは最初のその一だけで、後はまるで出鱈目だったけれど、三千人の軍人達は真剣な表情で聞き込んでいた。
心得、その九十九!
いつの間にか最後の一つになっていた。
私達はずっとあなたの友達だよ!
二人は同時に振り返って、最後は同時にそう言った。
ありがとう!
僕がそう叫ぶと、二人が両手を広げた。僕は迷いもなく大きな両手を横に伸ばして二人の間に飛び込んだ。
パチパチパチッと、拍手が聞こえてくる。初めは数人の小さな音だった。それが次第に大きくなる。おめでとうございます! 万歳! 様々な掛け声も混じってくる。けれどそれらは高まり続ける拍手の音に掻き消されていく。最後には地響きを引き起こし、壇上に立つ僕達三人を残して地面ごと三千人が奈落の底に崩れ落ちていった。
僕達三人はいつの間にか手を取り合っていて、輪になってその場でくるくる飛びながら回っていた。笑顔で涙を零しながら。
僕が目を覚ましたのは、その涙が頬から首に伝わり胸の間にまで流れ込んできたときだった。
そのちょっとゾクっとする感覚は、気持ちがいいとの表現も出来る。
僕は誰もいない寝室でベッドから半身を起こし、おはようと大きな声を出した。
そしてその日から、毎朝の行進が始まった。