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その日の夜、エレベーターの中で人間がロボットを殺害した。そしてエレベーターの中で灯油を被って火をつけた。移動しながら燃えるエレベーターは至る所に火をつける。エレベーターの稼働範囲の半分は燃え尽くし、多くの死者を出した。人間もロボットも被害を受けた。どちらも悪いのは相手側だと決めつける。
その後は大きな事件こそまだ起きてはいないけれど、殺人や殺ロボ事件は多い。なにもなかったかのように振る舞うのは、この街の人間性を表している。
彼女が人間だっていうことに異論はない。手術中の違和感は、取り替えた臓器が人工だったってだけだ。よくある話だ。体内の半分以上を人工臓器に取り替えている人間も多い。
それになにより、僕は感じている。彼女は僕に似ている。僕は人工的ではあるものの人間だ。だったら彼女も人間に違いない。
けれどおじさんについてはなにも分からない。二人が親子だってことは彼がおじさんから聞き得た情報であり、証拠はない。彼女は認めていない。嫌悪を示しているってことは、なんかしらの記憶を取り戻しているのかも知れない。
彼女の発言を問題視したのは、ロボット側だった。彼女は捕まり、身体をいじられた。その際に記憶をなくしている。
けれど、彼女のIDは変わっていない。それもその筈だ。彼女はその身体にIDを埋め込まれていない数少ない人間なのだからと、男は大袈裟に語っていた。
彼女にはIDがない。不自然に感じるかも知れないけれど、IDがなければどこに移動するのも自由なんだよ。鳥を見れば分かるだろう。国境なんてものともせずに飛んでいく。昆虫だって同じだ。どこに侵入しても警報さえ鳴らされない。
彼女がリップ型のIDを利用しているのがその理由だそうだ。