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歩道への柵を飛び越えるときには聞こえていなかったカツンッという物音。中央の柵から先を普通に走り続けていた彼女。背後での爆発。僕はその全てを理解した。男の動揺を見る限り、それしか考えられない。これは完全なるイレギュラーだ。
僕はすぐに彼女の黒い手提げ鞄の中を確認した。やっぱりだ。リップが一つ、なくなっている。
ごめんなさいと彼女は言う。僕まだ彼女に顔を向ける前だった。
わざとじゃないことは分かっている。あの状況で黒い手提げ鞄の中からリップを取り出すのは不可能だ。僕でさえ出来ないと思われる。リップは三つ残っているけれど、一つは使い道が違っていた。正確に爆発するリップを選ぶのは、ロボットでさえ不可能な筈だ。
後二つあるリップがどんな物なのかと気になる。知っておいた方がいいと感じてしまう。
すると彼女が言葉を続ける。
一つはこの前も使ったID代わりにもなる本物しても使っているリップよ。もう一つは、毒ガスが溢れるリップだから決して口には塗らないでね。けれど、爆発はしないから安心していいわよ。
彼女の言葉には驚いたけれど、このままじっとしているわけにもいかないだろうと男に声をかけた。
今のうちに逃げた方がいいんじゃないか?
そうだな・・・・
男はやっとのことでそんな言葉を絞り出す。