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短編集2

白炎の魔女

作者:


 

 魔女…ヒトの身でありながら魔を宿したある一族の女はそう呼ばれた。

 

 ヒトでありながら人に在らず。

 同じ姿でありながら、優れた力をもつ存在を人間は排した。

 

 魔女が人を呪い殺した。作物を魔女が枯らせた。人の生気を吸い、魔女は生きている。

 

 水がなければ人は生きれず、火を苦労してつけねばまともに料理も出来ず、草木が育つのを待たねば食べるものもない。肉を手に入れるために動物を狩る、そして時には狩られる。

 

 だが魔女は違った。

 いつまでも美しく、水がなければ生み出し、火がなければ生み出し、草木が育つ速度を操り、食べずとも生きれる。

 

 「おい、坊主生きてるかぁ?」

 

 人は羨み妬んだ。何故自分達が飢えねばならず。何故自分達よりも魔女は美しく。何故魔女達のみが無から有を生めるのか。

 

 それは許されない。神がそんな不条理を許す筈がない。ならば、彼女らは間違いであり、それは敵だ。

 

 「おやまぁ…珍しい、男でありながら魔力持ちなのか…」

 

 争いあっていた国は争いをやめ、その争いすらも力を有するもの達が起こしたと責任を押し付けた。

 

 戦場が無くなってしまえばただの人殺しとされた魔女はそれはそれは酷い責め苦を受けた。

 

 必死に戦い抜き、敵となってしまった仲間からも逃げ、やっと帰れた家にはその家族の遺体があった。磔にされたその骸の前で多くのかつて英雄と呼ばれたもの達が呪い、恨みを叫んだ。

 

 「時代が時代なら英雄になれたろうに」

 

 ─────魔女狩りが始まると、それまで表に出ていなかった弱いものまで叩かれ、焼き殺された。

 

 真っ白な大きな帽子に黒いリボン。同じく真っ白なケープに身を包んだ。灰色の左前髪が後ろの髪と同じほど長い少女とも少年とも言えない容貌の存在は真っ赤な髪のボロボロの少年の脇に座ると地面に臥したその顔を覗き込んだ。

 

 

 憐れむような視線と声に少年は顔をあげる。変な呼吸をしている少年の震える口元を読んだのか真っ白な存在は一人、語り出した。

 

 「私? 私は魔女さ、お前達人間とは姿以外全く違う生き物…いや、魔力持ちのお前とは少し似てるな?」

 今度は少年は掠れた声をこぼす。掻き消えそうなほど弱々しい声だった。

 

 「ま、じょ?」


 「そうさ、人が私に付けた名は白炎はくえんの魔女だ、この名は聞いたことあるだろう?お前の同族であり、お前を迫害した人間たちが私を敵としてみなした証だからね」


 少年はその言葉に不思議そうに腫れたまぶたを動かす。魔女は気にせずずっと疑問に持っていたことを問いかけた。


 「ところでお前、何を取られたんだ?随分貧相な体しているが」


 「…っむ、ねがつぶ…れた」


 「胸?なるほどそれだけの傷だ、肺が潰れてもおかしくは無いな……ってことは何か? 自分が迫害される原因となった魔力に生かされてるのか!」


 魔女は楽しげに笑う。まるで劇を見て感激し賞賛しているかのように目を輝かせ。


 「んふ、ふははははっ」



 「なるほど、なるほど!お前悪運も強いんだねぇ!可哀想だねぇ!」


 そして笑って哀れんだ。

 

「死にたいかい?生きたいかい?それとも…恨みを晴らしたいかい?」

 

 沢山の同胞が殺された。これでは魔女は失意の中に殺され尽くしてしまう。だからこそ彼女達は手を取り合うことを決めた。産まれた国など関係なく、以前争ってきた相手でも変わりなく。

 

 なぜなら皆奪われたのだから。

 「…い、きたい」

「なぁんだ、生きたいだけか。復讐もする気がない甘ちゃんとは。」

 

 期待していたのだろう。残念そうに魔女は息を着くと立ち上がる。立ち去ろうとする魔女に少年は寂しそうな目を向けた。


「いんや?別にそれを悪いとは言わんよ、責めもしないし、だからと言って殺しもしない。私は魔女だからね」


 不思議そうな彼女は少年の頭を掴みあげ苦しげなその顔を見て、首を傾げた。

 

「だが、希望やら望みも無いのに生きたいとは…ふぅん」


 苦しげな少年の顔など気にもとめず魔女は淡々と言葉を紡ぐ。

 


 「まぁ、ここ出会うのが運命とやらであるならお前を持ち帰るのもやぶさかではないがね。」


 「…」


 「どうだ? 私に拾われてみるか?」

 魔女の言葉に少年は目を見開き、髪と同じ真っ赤な目に光が走る。

 それを魔女は肯定と受け取ったのだろう。感慨深そうに笑った。

 


 「そうかそうか、100年は暇を潰せそうだな。」

 再びべしゃりと地面に落とされた頭に激しい痛みを感じ思わず呻く少年の前で演劇じみたやけに派手な動作で小さな魔女は高らかに名を口にする。

 

 「お前の名前は…真っ赤な燃えるような赤い髪をしているからねぇ…フラム…そうだな!フラムにしよう!」


 それは少年が人間ではなく魔女側になったということ。それは家族の居ない少年に家族ができるということ。

 痛みは消えないが少年フラムは大きく目を見開き呆然と魔女を見上げた。

 

「…精々理由もなく生きてみな、フラム。」

 

 確かに白炎の魔女を名乗る存在は彼が知る何よりも美しく、力に溢れていた。

 彼女は確かに魔女であった。

 

 

 白炎の魔女は自分の背丈程の少年を魔法を駆使し家に連れ帰る。家は迷いの森の中にあった。その場所はまるで神の箱庭の様に美しく禍々しい森から切り離されたような空間だった。

 

 良く手入れされた花々に畑、家は古いものの手入れがしっかりとされていて居心地が良さそうな気の抜ける匂いがした。

 

 魔女はフラムに名乗らなかった。まるで白炎の魔女という名が全てかのように。

 

 傷を治すのには時間がかかった。聞けば白炎の魔女は治療魔法は使えないのだと言う。

 

 何らかの草を潰し練り、塗り薬として傷に塗り、何かを煎じた物をフラムに呑ませた。

 

 苦すぎるそれを吐いても彼女は怒らず呆れたようにまた口に薬を入れてくる。そして食事を与えた。

 

 食べれないだろうとミルクでふやかされ良く煮てあるパン粥は弱っていたフラムでも腹を壊すことは無かった。

 

 何日も生死を彷徨い、やっと落ち着いてきた頃、フラムはぼんやりと自分の傍の机に大きな本を置き、だるそうに椅子の肘置きに体を預け読む彼女を見た。

 

 「…ハイネ」

 「なんだ、起きたのか?」

 「ハイネ」

 「?」

 「貴女はハイネ」

 「は?」

 

 それがいいとフラムは、笑った。傷だらけの顔でふんわりと。魔女は唖然と告げられた言葉を噛み砕き、どうにか理解する。

 

 「お前如きが私に名付けだと!?」

 「ハイネ」

 「聞けっ、私は白炎の魔女…」

 「ハイネ、俺は魔法を学べる?」

 

 真っ直ぐに赤い目に見られると魔女ハイネはそれ以上何も言えなかった。ただ深い溜息を零し、椅子から降りベット脇に椅子を運ぶとそこに腰かける。

 

 「寝ろ、学ぶのは健康な体になってからだ、戯け」

 「…うん」

 「だいたいお前は魔法を知らぬだろうに」

 

 寝ることを促され小さな少年は小さな魔女のケープの端を握り締めまたふんわりと笑う。とても大切な宝物を語る幼子の様な表情にハイネは毒気を抜かれたような顔をする。

 

 そして

 

 「知っている、俺は…魔法が…ハイネの使う魔法がどれだけ美しいかを知っている」

 

 フラムの言葉を聞けば苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 それから何年もの時が流れた。あっという間に流れるその時を二人は気にもせず過ごし、軈てフラムがハイネ二人分程の身長になった頃、とある手紙が箱庭の家に届いた。

 

 真っ白なフクロウが運んできたその手紙には『魔女集会のお知らせ』と書かれていてハイネはそれを受け取ると面倒くさそうに中を見た。

 

 「…はあ」

 「ハイネ?」

 「フラム、私は今から少し出掛けてくる、半月ほど戻らないが気にせず庭の手入れを」

 頼むと言い切る前に立派な腕で昔よりも小さく感じる師匠である魔女ハイネを抱き上げフラムはじとりと据わった目を向けた。

 

 「なんだ」

 「半月も?」

 「今までだって出かけることはあったろう、お前も子供ではない、一々文句を言うんじゃない」

 「…どうやって行く気?暖炉じゃないよね 」

 「む…」

 

 言葉をなくしたハイネにフラムはゆったりと微笑む。その笑みは昔と変わらないというのに成長しただけで何故こうも凄みが出たのか。

 

 自分の倍ほど大きくなったフラムを恨めしそうに見てもにこにことした笑が返される。

 

 

 「フラム…フラム!下ろせ!自分で歩ける!」

 軈て抱き上げたまま歩き出したフラムの体を叩くがそれは全て無視される。



 「私より大きくなったからって私のことを馬鹿にしてるのか!?たかだか集会に行くだけだろうが!」

 そう叫んで見ればフラムは足を止めてまた真っ赤な目でハイネを見ると口を開いた。

 

 「火を使って暖炉で行くのはダメだ、風魔法は俺が得意だし、連れてくよ」

 「はぁ!?あれは立派な移動手段だぞ!」

 「移動手段なら俺がなるってば」

 「いらぬわ、たわけ!

私の名前を忘れたのか?私は白炎の…」

 「ハイネだよね、忘れるわけないよ、何年いると思ってるの?」

 「違う!ハイネはお前が勝手に付けた名前で…おい、聞いているのか!?また聞かないふりか!?」

 「…」

 

 言い合いする間もフラムはスタスタと庭に行くとやけに手馴れたように庭に眠りの魔法をかけ、詠唱を始める。

 


 「あぁぁぁもう!どうして図体はでかくなった癖に中身はあまちゃんのままなんだお前は!!」

 「…ハイネのお陰だよ」

 

 嫌味だな!!!と文句を叫ぶ変わらず小さな真っ白な魔女にフラムは微笑みかける。大切な大切な物を守るように抱きしめて。

 

 

 ──────その後。

 

 「ちょっと白炎」

 「…なんだ、葉縁ようえん

 「いつの間に弟子とったのよ…それも男を」

 魔女集会の際すらハイネを下ろす気の無いフラムはしれっと魔女達の会話を聞いていた。無言だがやたら愛想振りまいている。

 

 そんなフラムを呆れたように見て「十年前」と口にしたハイネに緑の長い髪を三つ編みにした美しい魔女は詰め寄る。

 

 「どういうことよ!」

 「…報告を挙げなかったのは悪かったがそんな責められる理由は──」

 「一人だけ抜けがけなんて狡いわよっ私だって…私だって…」

 

 大袈裟に泣きじゃくってみせる葉縁と呼ばれた魔女にハイネは死んだ目を向ける。それをフラムは面白そうに見守り、また微笑んだ。

 

 心底幸せそうな顔を見てハイネはゾッとしたように血の気の引いた顔色になり、葉縁の魔女は顔を赤らめ今度はフラムに詰め寄った。

 

 「ねぇ、白炎の所の弟子なんてやめて私の弟子にならない!?」

 「葉縁!?」

 「結構です、間に合ってるので」

 「フラム!?」

 

 鞍替えを進める同胞にそれを笑ってかわす弟子。何だこの状況はと暴れるが小さなハイネは下ろして貰えなかった。

 

 「…なら、兼任でも」

 「ハイネの側から離れる気は無いので」

 「ハイネ?」

 「あっ、バカフラム……お前っ」

 

 慌てるハイネに唖然とする葉縁の魔女。それらを見比べフラムは軽く首を傾げる。

 

 顔がいつも以上に白い気がするハイネに頬を真っ赤に染めあげ嬉げに目を輝かせる葉縁の魔女。

 

 対象的な二人の反応は正直見ていて面白いものだった。

 

 「白炎…貴女名前を…っ」

 「う、うるさい!これは勝手にフラムがっ」

 「でも許したのよね?」

 「〜〜〜黙れぇ!!」

 

 腕の中で真っ白な炎が生まれ、気が付くとフラムの腕の中からハイネが消えていた。探せば少し離れた場所で怒りに身を震わせたハイネがやけに大きな火の玉を生み出している。

 

 「ちょ、ちょっと白炎…いいじゃないハイネって可愛いと思うわ」

 「うるさい…黙らないなら燃やす!」

 「落ち着きなさいよ! あんたのそれあんたが満足するまで消えないじゃないの!」

 

 あわあわと焦る葉縁の魔女。少し涙目で大きな炎を生み出すハイネ。それを見て心底楽しげに幸せそうに笑うフラム。

 

 …暴れ回るハイネはフラムと泉の魔女が止めるまで葉縁の魔女を攻撃し続けた。

 

 葉縁の魔女は名前の通り植物を扱う魔法が得意なのだという。炎を得意とするハイネとは相性が悪いのだと自慢の美しい緑髪が焦げたのを嘆きながら葉縁の魔女は口にした。

 

 一方フラムは始終ハイネを視界から外すことも無かったし、再度抱き上げて文句を言われても愛おしげに笑っているのだった。

 

 

 


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