第2話 「社屋」
時空を超えて別世界に移動するという衝撃的な体験の興奮も冷めやらぬなか、カーラとエルフの少年と共に会社があるという街に到着した。
彼女らの住む家もこの街にあるそうだ。
SF映画の様な街並みを期待していたが、想像していたよりも割と普通の街だった。
それでも物理的には不可能と思える状態で様々なモノが動き、それによって街が成り立っていた。
「さあ着いたわよ。ここが我が社の社屋」
「……」
看板は気持ち程度に付いてはいるが、傾いた小さな建屋。
場末の小さなボロ事務所と言った感じの佇まい。
これが全世界最大手の会社にはとても見えなかった。
これは騙されたに違いない。
多分悪質な派遣労働の会社で、タコ部屋の様なところに監禁されて、死ぬまで働かされる運命が待っているのか……。
契約書を読まなかった事を、今更後悔していた。
逃げ出そうとした瞬間、カーラに腕を掴まれてドアの中に引きずり込まれた。
目が回る様な感じがして思わず目を閉じる。つい先ほど体験した感覚だ。
またどこかに移動している。
強制労働先か……俺の人生は終わった。きっと恐ろしい形相のモンスターに囲まれているに違いない……。
「君、いつまで目を閉じているの。行くわよ」
カーラが少し不機嫌そうに声をかけて来た。
恐るおそる目を開けて愕然とした。
建物の中という事はかろうじて分かるが、目の前に広がる光景に圧倒される。
何処までも続いているフロア。目を凝らして見ても奥が霞んで見え無い。
見上げると、天上は高層ビルがすっぽり入る位の高さ。
その中を無数の人や人間の様な者、その他良く分からない生物や何かが動き回っている。
「えーと。ここはさっきのボロ事務所の中ですか」
「ああ、あれは偽装よ。業界最大手は敵も多いから。それに、歩いて入ることなんてめったに無いから」
「また時空を移動した気がするけれど、入り口のあった街とは別世界ですか」
「よく考えてみて。全ての世界の召喚に答えるだけの人数と設備が必要なのよ。異空間に建屋を置かなければ、とても普通の世界には作れないのよ。それでも入りきれない星よりも大きな召喚獣なんかは、更に別世界の宇宙空間に漂って貰っているけれどね」
想像すると少し間抜けな姿に思えるが、星より大きいとはいったいどんな召喚獣なんだろう……。
「さあ所属部署の部屋に行くわよ」
カーラが手を上げるとカートの様な乗り物が現れた。全員が乗り込むと音も無く動き出す。
カートがフロアの中を進むに連れて、入り口からは全く想像できなかった空間が広がっていた。
通り過ぎてゆく景色に目を奪われる。
超近代的なモノトーン調の場所。ファンタジー世界のギルドの受付に出て来そうな場所。普通の役所の様に見える場所。
それぞれが違う部門のスペースだそうだ。
多種多様な部門の入り口がこの広い空間に隙間なく存在している。
しばらくするとカートが止まり、他と比べると普通のオフィスっぽい所に辿り着いた。
カートを降りカーラの後を付いて行く。
「皆お疲れー」
部屋に入るなりカーラが大声で挨拶をして、結構広めのフロアに声が響き渡った。
「新人を連れて来たわよー」
フロアにいる者達が仕事を中断し自分に注目している。
緊張で少し膝が震え、軽く会釈をするのがやっとだった。
「はーい。みんな宜しくー! それでは早速仕事仕事!」
挨拶もそこそこに、カーラに引き連れられて打合せスペースの様な所に座らされた。
「君の初仕事は、取りあえずお使い的な感じね。二箇所にマナ関連のモノを届けて貰うわ」
「お使いですか」
「ええ立派な仕事よ。あなたが持って行くものは、あちらの世界にとってはとても大切なモノなの。決していい加減な仕事を任せる訳では無いのよ」
「いきなりそんなに大事な仕事を?」
「今回は『記存』で行く仕事だから、安全で難易度はそれほど高くは無いから大丈夫よ」
「記存?」
「記憶とかそのままの状態での派遣ってこと。派遣内容によって記憶の程度を変えて行かないといけないのよ。そうでないと上手く行かない事が多いのよ」
「記憶が全くない状態での派遣が有るってことですか?」
「もちろん有るわよ。その世界の人間として何も疑わず生活をしつつ、潜在的に目的に向けて行動するようになっているの。仕事の目的を達成すると記憶が戻り無事帰還ってこと」
「失敗してしまったら?」
「大丈夫。こちらで常時監視して必要に応じてフォローをするから」
「何故そんなにややこしい事を?」
「相手にこちらの世界の存在が分かってしまうと、相手の世界が大混乱に陥ってしまう場合とかあるのよ。あなたが居た世界とか、どちらかといえば未だそのタイプの世界よね」
「確かに。この世界の事が全て現実として示されたら色々崩壊しますね」
「でしょ。そういうこと。で、仕事の具体的な内容はね……」