第23話 「愛しい人達と」
シンシアと抱き合って転移したはずの俺は、常夏のリゾートアイランドといった感じの街に独りで立っていた。
また事務所に戻ると思っていたから困惑していたが、この街に来た理由も、独りで居る理由も直ぐに記憶が追い付いて来た……。
開放的で楽し気な雰囲気の漂う街並みを抜け、軽やかなスティール・パンの演奏が遠くに聞こえる中、俺はある建物に向かって歩いている。
何度目だろう。この道を歩くのは一体何度目だろうか。
しばらく歩くと、サングラスやポストカード、リゾート地でしか着られないような服を売っている店が目に入る。
その店に入り奥へと進むと、店主が会釈してきた。
見知った顔に頷いて会釈を返し、裏手の階段から二階へと上がる。
薄暗い廊下を歩き、一番奥の部屋のドアを開いた。
扉を開けると、金髪の爽やかな青年と、黄色い瞳のしなやかな体躯の黒い獣が俺の方を振り向いた。
「にゃーにゃーよ、何年もすまんな」
美しい黒豹の頭を撫でながら、あの日から幾年もこの場に留まり、守ってくれているお礼を伝えた。
「お前、毎回毎回その名前で呼ぶなら噛み殺すぞ!」
俺は笑顔で返事をすると、ベッドサイドに居る青年の方を見た。
「クリス……」
「うん。君が今回持ち帰ったシンシアの魂の欠片で、今度こそ足りると思う」
「良いよ。もしダメなら、また行って来るさ」
「……」
「気にするな」
「僕らはここに居て、一日置きに現れる君を待っていれば良いだけだけれど、君はその間に何年もの時を繰り返しているのかと思うと……。本当に申し訳ない」
「何て事はないさ。シンシアのためなら億万年だって繰り返すさ。それにクリスが謝る必要は無い」
「でも、あの時僕を守ろうとしてシンシアは……」
「いや、あの時シンシアの死の直前で、君がシンシアの魂を欠片にして、時空の彼方に飛ばしてくれなければ、俺はシンシアと再会できる望みすら無くなっていたんだ。それに、あの戦いで敗れたのは俺の実力不足だ……」
「そんな事は無いよ……」
「シンシアを取り戻したら、あいつを確実に倒す……。クリス頼む」
「ああ、じゃあ行くよ」
クリスがシンシアの傍に行き、あれ以来幾度目になるのか分からない『還魂の魔法』を唱えた……。
――――
黒豹が目を細めて喉を鳴らす。
シンシアの膝の上で丸くなり、幸せそうに撫でられている。
俺はクリスと涙を流しながら抱き合った後、シンシアに口づけをして、直ぐにカーラに連絡を入れた。
感極まって涙声で返答するカーラの後ろで、事務所内に広がる大歓声が聞こえて来る。
あの時……『根源のマナ』を巡る黒い瘴気を纏った龍の王との戦いで、俺達は敗北した。
そして、その戦いでシンシアはクリスを守る為に命を落としたのだ。
いや、正確には命を落とす寸前に、クリスの魔法で肉体をこの世界に、魂の欠片は時空の彼方へと飛ばされ、彼女の存在は守られた。
その時から、俺達は二つの事を成し遂げなければならなくなった。
『根源のマナ』を奪われ敗北したままでは、全ての世界の未来は闇に包まれる。
再度派遣を行い瘴気を纏った龍を倒す事と、シンシアの魂の欠片を集め彼女の肉体に戻す事……。
彼女の魂の欠片を集める方法は二つ。
時空の彼方へと飛び散った欠片を集める事が最も確実だが、どこに有るのかも分からない欠片を集めるのは不可能だった。
もうひとつの方法は、彼女と共に過ごした世界を最初から経験し直して、彼女との全ての記憶と共に、この世界に戻り欠片を少しずつ溜めて行く事だったのだ。
そして遂に彼女の体に魂が戻り、愛しいシンシアが俺を見つめている……。
――――
「で、にゃーにゃーよは、何年向こうに居る事になるの?」
「約一千万年だな」
「うひゃ。それは酷い」
「まあ、あいつは不死の存在だからね、今回だけは我慢してもらおう」
「実際に経験するのは二回目だけれどね」
「まあ、前回の事は忘れた上で『半記消』での派遣だから、今頃は黒豹姿の自分に歓喜しているだろうね」
「やったにゃーにゃーよー! 黒豹にゃーにゃーよー! ってね」
俺とクリスの横に居るシンシア、いやリディアが一斉に笑い声をあげた。
リディア・シンシアは、この事務所がある世界と一部の世界では妖精の姿で、他の世界では美しいシンシアなのだ。
にゃーにゃーよも同じで、まん丸でモフモフのコミカルな黒猫の時と、しなやかで美しい黒豹の時がある。
もちろん、俺も派遣先によって性別も姿も変わる。
「さあ、そろそろにゃーにゃーよを助けに行こうか!」
「ああ、この日の為に入念に準備をして来たからね。あの黒龍を一撃できっちり葬ってやろう」
俺は派手な装飾の白いコートの様な防具を身に付け、文字が刻まれた強大な剣を鞘に納めた状態で腰に下げている。
転移した刹那、この剣を振り抜き衝撃波で黒龍を消し去る。
あの時から止まった時間を取り戻し、世界を闇の未来から救い出すのだ。
小さなリディアと口づけをすると、三人で転移に備えた……。
――――
目が覚めると、俺とシンシアの間にモフモフのにゃーにゃーよが潜り込んで寝ている。
にゃーにゃーよは撫でると最高の触り心地だ。
ふと見ると、シンシアも目を覚ましていた。
体を寄せて口づけをする。
熱い口づけを交わしていると、二人の頬にモフモフが顔を摺り寄せて来た。
俺達三人は派遣先の世界で最高に幸せな時間を過ごしている。
そんな時、カーラから通信が入った。
「ねえ。次の派遣先には、そのまま直で転移になるわよ」
「ああ、分かった」
「今回は『記消』派遣だからね。向こうで三人が揃うまでちょっと時間がかかるわよ。でも、上手く思い出せない感じだったら、約束通り私が連絡を入れるから安心して!」
「了解!」
ふらわあ召喚社 END
作:磨糠 羽丹王
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
『ふらわあ召喚社』これで一応のENDです。
更新をする度に、読んで頂ける方がいらして、本当に嬉しかったです。
心から感謝しております。
作品としては「折り込みたいな」と思っていたことを、何とか織り込めたのではないかと思っています。
作者は「にゃーにゃーよ」の事は気に入っていますので、他の作品に現れるかもしれません^^
そして、この世界観は気に入っていますので、『ふらわあ召喚社』の別編を描く日が来るかも知れません。
その時は、また可愛がって下さい。
宜しくお願いします。
一言でも構いません、できれば感想などを頂けましたら、とても嬉しいです。
ありがとうございました!
「読んでくれて、ありがとにゃーにゃーよー♪ またにゃー!」
磨糠 羽丹王




