第20話 「大好きなシンシア」
「シーシア、おはよう」
「シンシア!」
「シーシアー」
「シンシア!」
俺とシンシアのいつもの挨拶だ。
用兵課の中等部に入ってからも、相変わらずこんな挨拶で毎日が始まる。
シンシアとは幼年学校から一緒だ。
仲良くしてはいるが、彼女は貴族の娘で、俺は孤児院に捨てられた孤児だ。
この国の良い所は、高等兵学校を目指す者は、貴賤の別なく学ぶ機会を与えてくれることだ。
貴族の子息や子女で有れば好きな道が歩めるが、俺の様な孤児は高等兵学校を目指す兵学幼年学校に入らなければ、その日の食べ物にも困る程だった。
幼年学校は宿舎があるから、一定の成績さえ取り続ければ、衣食住に困る事は無い。
孤児院に戻る訳にはいかないから、俺は必死で頑張った。
その甲斐あって、今は用兵課の中等部に進学出来たのだ。
シンシアに気持ちを伝えたことは無いが、俺は昔からシンシアの事が好きだ。
でも、相手は貴族のお嬢様。俺の様な平民以下の孤児が、会話が出来るだけでも凄い事なのに、そんな気持ちを伝える事なんて、とんでもなく不敬な事なのだ。
――――
午後の講義が終わると、シンシアが席にやって来た。
首を傾げると、豊かな金髪がふわりと靡いて、良い香りがする。
シンシアは色白で整った目鼻立ちをしている。
他の男達は、赤髪や茶髪で健康的な肌色の女の子が良いと言っているが、俺はシンシアが一番綺麗だと思う。
そして、透き通った青色の瞳に見つめられると、俺は話し難くなるほどドキドキしてしまうのだ。
毎朝「シーシア」とかふざけて呼ぶのは、まともに名前を呼ぶと赤面してしまいそうだからだ。
「ねえ。さっきの“騎兵が最も脅威に見えるが、一番脆い兵種ともいえる”っていう内容、私にはいまいち理解できなかったけど、分かる?」
「ああ、防御側の陣形や……」
「あっ! この後、教授に呼ばれているから、後で部屋に行って良い?」
「あ、いや、中等部になって男子宿舎に来るのはダメだろう。咎められるぞ」
「えー。じゃあ、家に来て教えて! 後でねー!」
「えっ? いや、ちょっと……」
俺の返事も聞かず、シンシアは教室から出て行ってしまった。
シンシアには会いたいが、屋敷に行くのは気が引ける。
貴族のお屋敷とか、俺の様な下賤の民は立ち入ってはいけない場所だ。
所作が気になり過ぎて、あの何とも言えない緊張感が嫌なのだ。
用事を済ませて、そのまま宿舎に逃げ帰ろうかと思っていたら、校門の前でシンシアと馬車が待っていた。これは逃げられない……。
――――
「だから、シンシアは小さい頃から習い事が多過ぎて、読書をする時間が無かったから仕方が無いと思うよ」
「でも、何でそんなに戦略とかに詳しいの? 何だか悔しいわ」
「俺は孤児院でする事が無かったから、国から寄付される、英雄譚とか国史とかを何度も読み耽るしかなかったから、その辺に詳しいだけだよ」
「ふーん。まあ良いわ。お茶を頼んで来るわね!」
シンシアの部屋で、騎馬の話から過去の戦略史の話になり、かなり長居をしてしまった。
改めて見渡すと、この部屋もかなり豪奢な装飾がなされている。
流石は四大公爵のひとりと言われる、リッテンハイム公のご息女の部屋だ。
俺がこの部屋に居る事は、正直なところ違和感しかない。
孤児院に居た頃は、この部屋の半分にも満たない広さに、皆でひしめき合って生活していた。
俺はその生活しか知らなかったから楽しかったが、もし学力が足りず、また舞い戻る事になっていたと考えると、やはり気持ちが苦しくなる。
「ここに置いておいて」
シンシアが部屋に戻り、一緒に入って来たメイドに指示をすると、ワゴンに乗せた紅茶とお菓子を置き、メイドは一礼して退室していった。
思いのほか時間が掛かったと思ったら、シンシアは部屋着に着替えていた。
胸元が開いたフワッとした可愛い服だ。
シンシアに促されて、勉強机から二人掛けの丸テーブルへと移動した。
豪華で可愛らしい装飾が施されたテーブルだ。
向かい合わせに座り、しばらく他愛のない話をしていた。
俺が紅茶を飲み干すと、シンシアが立ち上がり紅茶を注ごうとしてくれる。
「あ、自分で注ぐよ」
俺がティポットを受け取ろうとすると、シンシアはそのまま注ぎ続けた。
「良いから、いいから」
紅茶をゆっくりと注いでくれているシンシアの姿を見て、俺は目が釘付けになってしまった。
前屈みになったシンシアの胸元が全開になっていて、彼女の綺麗な胸が全て見えてしまっていたからだ。
なんて綺麗な胸なんだろう。
ああ、俺はシンシアの全てが大好きだ……。
思わず呆然と見つめていると、シンシアは紅茶を注ぐのを止めていた。
ハッとして目線を上げると、美しい青い瞳が俺を見つめていた。
「あー。私の胸見てるー」
「……」
シンシアはティポットをテーブルに置くと、つかつかと俺の前に寄って来た。
俺は打たれる覚悟をした。
「誰にも見せちゃいけないモノを見たのだから、私をお嫁さんにしないといけないのよ」
シンシアはそう言うと、いきなり口づけをして来た……。
更新の度に読んで下さり、ありがとうございます!
異世界を転々と出来る事を良い事に、今回は恋愛色豊かな内容になっています^^
どうぞゆるりとお付合い下さい。
磨糠 羽丹王




