第17話 「南部の砦にて」
南部の砦に赴任して半年が経った。
最初は砦の兵士達に全く相手にされていなかったが、蛮族の攻撃を幾度か防ぐうちに俺達は信頼される様になっていた。
特に三ヶ月を過ぎた頃に、蛮族どもに裏をかかれ民間人で溢れる街を急襲された時に、街の入り口の城門に立ち塞がり、自分とクリスの二人で千人もの相手を軽々と退けた時から、兵士たちの自分達を見る目が変わった。
クリスとは例の少年魔導士の彼。そうクリストファーだ。
私が彼を守り、彼が魔法で相手をなぎ倒す。
二人が居る限り蛮族に勝ち目は無かったが、彼らが撤収する兆しは未だに見えなかった。
「ねえリディアさん。この魔法はこんな感じで出せるけど、この後が続かないのは何でだろう」
「最初の魔法でマナを使い過ぎているからじゃないの? 知らないけど」
「うーん。でもこれ以上絞れないしなぁ」
「マナの蓄積のタイミングが悪いのよ。うふふ……」
「使いながら蓄積出来れば理想なんだけどなあ」
「答えが出ているじゃないの。クリスに必要なのは、修練でマナの蓄積量を増やしていく事と、タイミング良く蓄積できる能力を身に着ける事よ。知らないけど」
「修練あるのみかぁ。頑張ります」
クリスはすっかりリディアに弟子入りした様な状態になっていた。
そのお陰で対戦した時に比べると格段に強くなっている。
魔力=マナという理解が進んだ事が大きな要因だ。
対戦した時でもかなりの高レベル魔導士だったが、今では大魔導士レベルの強さになっている気がする。
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「今日もタマゴでにゃーにゃーよ~♪」
にゃーにゃーよは良く分からない卵を抱えたまま毎日変な歌を歌っている。
本人が言うにはドラゴンの卵らしいが、生まれて見ないと真偽の程は分からない。
「なあ、にゃーにゃーよ。それは未だ生まれないのかい?」
「うーん。もう直ぐって言ってたけどにゃぁ」
「ドラゴンのもう直ぐって、人間の時間だととんでもなく長期間だったり……」
「分からないにゃーにゃーよ。でも、時々動くから、きっともう直ぐにゃーにゃーよ!」
にゃーにゃーよは嬉しそうに卵を抱えて今日も何処かへ行ってしまった。
まあ、楽しそうで何よりだ。
そんな感じで少しのんびりとしていた時だった、砦の見張り台から「敵襲」を知らせる角笛が鳴り響いた。
リィディアが肩に乗り、城壁に向かいクリスと共に走り出す。
城壁の上から覗くと、いつもとは比べ物にならないほどの敵影が見えていた。
蛮族の本国から援軍でも到着したのだろうか、今日は大規模な戦闘になりそうだ。
城壁から様子を見ていると、蛮族では有り得ない大きな旗が何本も掲げられ始めた。
その旗を見て、砦を守る兵士に動揺が走る。
「あれは、隣国のベスペニア王国の旗にございます。かの国が蛮族の後ろで手を引いていたに違いありません。しかもあの旗は国王旗。ベスペニア国王の親征です!」
普段は突然現れ街の略奪や農作物の盗獲を行い、直ぐに退散していくはずの蛮族が、これだけの長期間に渡り執拗に攻撃を繰り返して来た理由が分かった。
こちらの守備兵力数や力量を測っていたのだろう。
わざわざ国王が親征して来たという事は、この国に対する完全な宣戦布告と受け取るべきなのだろう。
この砦を踏み越えて、南部よりこの国へと侵攻していくつもりなのだ。
俺は悩んだ。俺とクリスで砦を守るにしても一箇所しか守れない。
数箇所を一度に攻撃されると、防ぎきれないかも知れない。
それに、このまま国同士の戦争が始まってしまうと、多くの人が犠牲になる。
しかも、いつになったら王様に謁見出来る様になるのか分からなくなるからだ。
結果、俺はひとつの可能性に賭けてみる事にした。
「クリス! お願いがある。砦の上から出来るだけ派手に魔法攻撃をして、敵の目を引き付けてくれないかい?」
「分かった」
「自分はちょっと敵の王様と話でもしてくるよ」
「は?」
「じゃあ頼んだよ。それと身の安全を第一にね!」
俺はリディアを胸の隙間に入れて、砦の裏手から城壁外に出て、大きく迂回しながら敵の国王旗を目指した。
この剣があればきっと無傷でたどり着ける。これまでの戦いでその事は確信できていた。
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クリスの派手な魔法のお蔭で、敵に発見されずに国王旗の翻る場所にかなり近づくことが出来た。
だが、流石に弓が届く位の距離まで近づくと、気が付いた兵が一斉に矢射かけ、魔法攻撃を仕掛けて来た。
騎兵や剣を持った兵も駆け寄って来ている。
もちろん敵からの攻撃は全て退けた……剣が。
俺は歩みを緩めることなく、一切の攻撃を寄せ付けずに、一直線に国王へと向かって行く。
攻撃が全く効かない事に、敵兵たちが動揺し始めている。俺はすかさず叫んだ。
「国王を害するつもりは無い! 話がしたいだけだ!」
圧倒的な強さを見せる俺に不利を悟ったのか、国王が立ち上がり兵の攻撃を制した。
「何用か!」
「このまま蛮族を連れ、国に帰られよ!」
「断ると言ったら如何する?」
「我が力により兵の大半を失いましょう」
「大言を吐く奴よ」
王のこの一言で、親衛隊の中から如何にも屈強そうな大男が歩み出て来た。
体の大きさからは想像もつかない素早い動きで、俺に向かって全力で剣を打ちこんで来る。
誰もが大男の勝利を確信したが、力と打ちこみが強かった分、他の親衛隊員を巻き込みながら吹き飛んで行った。
その刹那、剣に後ろに引っ張られたと思ったら、背後から音も無く攻撃を仕掛けて来ていた男が、喉を掻き切ろうとした短剣ごと転がって行った。
恐らく王の身辺を守るアサシンだろう。
「まだ分からぬと言うのであれば、王自らの身をもって理解されよ!」
完全に芝居がかった言い回しのハッタリだが効果があった。
重装備の親衛隊が王の前に壁を作ると、膝をつき武器を地面に置いた。
兵士達が恭順の意志を示し、王の助命を望んだのだ。
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戦いは終了した。
王と側近の者だけを連れて砦に戻り、これまでの賠償と今後の不戦の誓約書を王の直筆で署名させた。
そしてその証として、従軍していた王子とその側近の者と共に、領主であるベイアー伯爵の元に行く事になったのだ。
恐らく王子は人質として、この国に留まる事になるのだろう。
少しやり過ぎた感はあるが、任務を終わらせる為には仕方がない。
この世界に来て既に一年が過ぎていた。
『王様に契約書を渡す』という簡単なはずの任務が、やっと果たせそうだ……。




