序章 「飛び込んだ世界」
「そこでね。君が選ぶ道は二つ。このままここに残り野垂れ死にするか、ふらわあ召喚社で働くのか。さあ、どっち?」
「どっちって……そもそも二択になってないし」
「いやいや、私たちは君の自由意思に任せると言っているだけよ。何も強制して無いし」
「死ぬか働くかって言ってませんか?」
この会話の約一時間前。
いや、この世界で一時間と言う単位が合っているのかさえ分からないが……。
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「ねえねえ? 起きてくださいよー」
誰かに体を揺らされながら声をかけられている事に気が付いた。
良く分からないが、随分長い時間寝ていた気がする。
うっすらと目を開けて周りを見渡すが、全く場所が分からない。
それに、いつからここに居るのかも思い出せなかった。
とにかく体がだるい。目を開けるのがやっとだ。
声の主を見ようとしたが、陽射しが眩しくて顔が見えない。
「ねえねえ、干からびて死んじゃうよ」
やや甲高い子供の様な声。
声の主がこちらを覗き込んでいた。
「こ……は……」
ここが何処か聞こうとしたが、喉がカラカラで声にならなかった。
いったい何故こんなところで倒れているのだろう。
何か思い出せるかと思ったが、やはり何も思い出せない。
「カーラさんに探しに行けって言われて、やっと見つけたらこの有様だし。大丈夫かなぁ」
この有様と言われても何だかよく分からないが、砂埃が舞う道の端に転がっているという事だけは分かってきた。
視界に入るのは、砂漠地帯にある様な赤土色の建物が立ち並ぶ街の風景。
周りを見て更に自分の置かれている状況が分からなくなってしまった。
自分は何で砂漠に居るのだろう……。
「取りあえず。はい水」
そう言われて異常なほどの喉の渇きに気がついた。
なんとか上体を起し、差し出された椀を受取り一気に飲み干す。
「後は好きなだけ自分で飲んで」
水がたっぷり入った瓶を渡され、渇きに任せて息つく間もなく何杯も飲んだ。
脱水しきった体に水分が行きわたる感覚。
やっと落ち着く事ができた。
上体を起こしたおかげで、声の主の影で陽射しが遮られ、やっと顔を見ることができた。
逆光でシルエットに近いが、耳が尖っている様に見える。
子供ではないが大人でもないといった感じだ。
「そろそろ動ける?」
言いながら腕を取りゆっくりと起こしてくれた。
立ち上がると強い疲労感に襲われたが何とか歩けそうだ。
「じゃあボクについて来て」
歩き始めた彼に続いて歩こうと思ったが、上手く歩く事ができずふらついてしまう。
振り返り殆ど動けていない自分を見て、慌てて肩を貸してくれた。悪い奴ではなさそうだ。
風になびく髪は金色に光っている。
よく見るとやはり耳が尖っている。
まさかエルフ族?
そうは思ったが有りえない。本当に居るはずがない。
そもそもここは何処だ、もしかしたら夢の中か……。
何も思い出せない。
俺は誰だ? 何をやっている? 夢の世界の中か?
頭の中はまだ靄がかかっているような状態で、考えても何もわからなかった。
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道沿いには様々な形をした赤茶けた土壁の建物が並んでいる。
その建物の間を肩を借りながら歩いた。
通りには人影が見当たらない。陽射しが厳しすぎて出歩く気にならないのだろう。
うだる様な日差しの中をしばらく歩き、彼に促されるままに建物のひとつに入った。
屋内は外の暑さが嘘のように快適だった。
陽射しが遮られただけでとても涼しく感じる。
彼は木で出来た椅子に座らせてくれた。
テーブルにシチューの様な物とパンが皿に置いてある。
「お腹が空いているでしょう。どうぞ食べて」
背後から若い女性の声がした。
声の主は自分の横を通るとテーブルの反対側に座った。赤毛の綺麗な女性だ。
「さあどうぞ。遠慮なく食べて」
相変わらず何も思い出せない状態。
なぜ水や食べ物を恵んでくれるのかも分からない。
だが、この状況で断る理由も無く、急激に空腹を感じていたので、促されるまま食べ始めた。
美味しい。
空腹だったこともあるが、驚くほど美味しい。
「お代わりもあるから、沢山食べてね」
赤毛の女性の声は強いが優しい。
本当は色々話を聞きたいが、まずは空腹を満たすのに専念する事にした。
何杯目かのシチューを食べ、少し落ち着いた頃を見計らったように、赤毛の女性が話しかけて来た。
「美味しかったでしょ。マナたっぷりのスペシャルシチュー!」
マナが何の事だか分らなかったが、美味しかったのは間違いないので大きく頷いた。
「ねえ、体はどう? まだ疲労感が残っている?」
そう言われて初めて自分の体の変化に気が付いた。
先程までの酷い渇きや疲労感が全く無い。
「ありがとう。とても元気になりました。ご馳走様でした」
「それは良かったわ。それでは改めまして。私の名前はカーラ。よろしくね!」
カーラと名乗った女性は、目の前に握手を求めるように手を差し出してきた。
「はあ」
いきなりの握手に思わず間の抜けた声を出してしまったが、失礼の無いよう取りあえず手を握り返す。
「私はふらわあしょうかんしゃのおーさーです」
急に出て来たワードが理解できず固まってしまった。
「しょ、しょうかんしゃ? ですか?」
「ええ。あー分からないかぁ。はいこれ」
名刺の様な物が差し出され、目の前に置かれた。
見たことも無い文字が並んでいて、全く読めない。
名刺の様な物を呆然と見ていると、カーラは何かに気が付いたのか、それを再び手に持った。
「ああ、ごめんごめん。読めないよね」
何やらブツブツと呟き再び差し出す。
今度は書いてあることが読めるようになっていた。
『ふらわあ召喚社 オーサー カーラ・エバンズ』そう書かれている。
「今度は読めるでしょう。言葉は事前に調整しておいたけれど、文字はまだだったわね」
「調整?」
「そうよ。あなたの居た世界と私たちの世界の言葉はもちろん違うわ。マナを使ってお互いが理解できる言葉に置き換えているのよ」
またマナという言葉が出て来た。
シチューにたっぷり入れたと言っていたものだ。
「さっき食べたシチューが調整?」
「えっ? 違うわよ。マナって何か手に取れるような物質のことではないわ。そうね、その説明が必要ね。色々質問があるだろうけれど、先にマナの話をするわね」
彼女の言う「世界が違う」という意味や、知りたい事は沢山あったが、とりあえず説明を聴くことにした。
「一番分かり易く言うと、マナとは全ての世界に存在する力の根源みたいなものよ。マナを使う事によって、想像し得るほぼ全てを行う事ができるわ」
「想像し得る全てを?」
「ええ、少し大げさな言い方かも知れないけど、それがマナの持つ力なの。マナはね、ありとあらゆる世界の時空に存在して、全ての物質に影響を及ぼしているのよ」
話が大きくなりすぎて騙されているような気になって来たが、そのまま話を聞くことにした。
「影響を及ぼすといっても、普通に存在している状態ではたいしたことは無いわ。その世界において普通の事。普通の状態」
「普通の状態?」
「ええ。マナを感じ使役出来る世界の者は、それによって色々な事が出来るけれど、あまり感じることができない、もしくはその様な力を認めない世界の者は僅かな事しかできないわね。そう、君が居た世界は後者と言えるわね」
「僅かな事しか出来ていないって。科学技術も進んで、結構色々な事がやれていた気がするけれど……」
「問題はそこね。君の居た世界は物質にとらわれ過ぎているのよ。マナの存在を認めず、物質を加工する事の延長上でしか世界を創造できていない。行きつくところ、周辺に存在する物質の終焉と共に終末を迎える世界。三次元の範疇で終わる世界ね」
「ここは三次元ではないの?」
「もちろん存在としては三次元よ。但し私たちはマナの力を利用して、別の世界に移動できる。それがたとえ高次元の世界であっても不可能ではないのよ」
「別の世界に移動できるってどんな……」
「うーん、説明するのは難しいなぁ」
「……」
「そうねぇ。君の居た三次元の世界が距離も時間も関係なく、手に収まるサイズの箱庭に入っていて、その全の地点に本のページをめくる様に移動できるって言えば何となく伝わる?」
「えっと……」
「でもね。その為には膨大な量のマナが必要になるから、誰でもがそう簡単に移動する事は出来ないわ。私たちでもマナを利用して、何とか違う三次元の世界に移動する事が出来るくらいよ」
「それだけでも、全く信じられない話だけれど」
「そうね。でも、君は今どこにいる?」
「どこかの砂漠の中の街では」
「外に出て空を見てみて」
促されて外に出ると、真正面に太陽があり目が眩む。
反射的に反対を向くと、昼間の月の様に見えるモノが二つ。
違う方向を見るとサイズ違いの大きな月がまたひとつ。
空に月の様なものが三つあり、まるでSF映画の一場面の様な世界がそこには広がっていた。
「ここは君が居た世界の、君が生きていた星ではないのよ」
「なぜ俺はこんなところに居る? これは夢?」
言いながら足元の石畳と砂の混じった道を踏みしめてみるが、そのままの感触が帰ってくる。
「夢じゃないわ。君は違う世界に居る。君は次元を超えてここに来たのよ」
「どうやって? 何でそんな事に? 自分は死んだという事?」
にわかには信じられない話が続き、必死に記憶を辿るが、自分の事は何も思い出せない。
「いいえ、生きているわ。それに君が望んで飛び越えて来た訳だし」
「望んで?」
「そうよ。君はマナの力で飛び越えてきたのよ」
「ここに?」
「そう。でも、どうしてここに来たのかは分からない。マナの偶然の流れなのか、別の存在の影響なのかどうかも」
「……」
「私達はマナの歪を追っただけ。この辺はまた改めて説明するわね」
「あの世界からここに来たのは自分だけ?」
「いいえ、昔から多くの人が次元を超えて色々な世界に飛び込んで来ているわ。そちらの世界では神としてあがめられた存在だったり、逆に悪魔や魔法使いと呼ばれたりした人達とかね」
「つまりマナの力って、そういう神秘的な……」
「感じる事や理解する事が出来ない人々にとっては、マナを使役できる者は畏怖の対象になってしまう。その結果、神として祭り上げるか、忌み嫌い殺してしまうか……。多くの世界でそのどちらかが繰り返されてきたわ」
「つまりマナの力に気が付いた人たちは、異世界転生ができたってこと?」
「何、その変な言葉?」
「……」
「あなたの世界では、何だか変な言葉を当てはめているのね。まあ、それが理解し易い言葉なら良いわ。そうねそういう人たちが時空を越え、新しい世界に飛び込んでいるのよ」
マナの事はまだ理解不能だが、取りあえず自分は生きてここに来たようだ。
改めて空を見上げると、さらにいくつか大きな星が見えていた。
「さあ、小屋に戻って話の続きよ!」
はじめましての皆様。
第一歩を踏んで頂き、ありがとうございます。
『ふらわあ召喚社』は自分の原点ともいえる作品です。
楽しく読んで頂けると幸いです。
『いいね』や☆評価、一言でも構いませんので『感想』などを頂けると、とても嬉しいです!
これから、よろしくお願いします。
磨糠 羽丹王