抱擁と魔法
どうしてディアーシュ様は、その情報をすでに持っているのだろう。頭の中でその疑問がグルグルと廻っている。
思考がまとまらない、なんて答えれば……。
お母様、魔王、そしてセントディア王国。……ディアーシュ様。
目がまわって気分がひどく悪い。
ディアーシュ様がどうしても破滅してしまうのは、セントディア王国が関係しているの?
その時、そっと抱きしめられて頭を撫でられる。温かくて優しいその感覚にディアーシュ様を失うかもしれないという不安と恐怖が和らぐ。
「────っ。大丈夫だから」
「ディアーシュ様……?」
ボロボロと勢いよく涙が零れ落ちていく。この世界に来てから、ディアーシュ様を助け出すまで泣かないと決めていたのに。
「何がそんなに不安なんですか」
「ディアーシュ様、私は」
「────あなたは、この世界に一人で取り残された幼な子みたいだ」
ディアーシュ様の言うことはある意味真理をついている。
たしかに気がついたら魔王の娘になっていて、ステラとして過ごしてきた記憶はあっても、この世界に一人取り残されたような気持ちも捨てきれない。
「なぜ、あなたは俺を助けてくれる?なぜ、そんなにも俺に対して……」
全ての気持ちを伝えたら、ディアーシュ様はなんて答えるのだろうか。
「私は……ディアーシュ様の」
「俺の?」
「未来を」
本当のことを伝えようとした瞬間、乙女ゲームで何度も何度も見た、ディアーシュ様の結末が脳裏に過った。
「ステラ!?」
────怖い。ディアーシュ様が、実際にそんな結末を迎えたら。
「……もう、大丈夫です」
それだけは駄目。それだけは嫌。
私が守るから。
「とても大丈夫には見えない。それに」
トンッと軽くディアーシュ様の腕を押して距離を取る。推しを助けたいと強く願う私。ディアーシュ様を助けたい今の私。恐怖より強いこの感情は。
────ディアーシュ様が好き。
そう思った瞬間、強く腕を引かれた。気づけばもう一度、ディアーシュ様の腕の中にいた。
「……俺もステラ様のこと好きですよ」
「────えっ?」
「良かったら、俺の能力、聞いてくれませんか?知っているのは両親だけで、誰にも話したことがないんです。俺のこと嫌いになるかもしれませんけど」
優しい光を放つ、淡い月の光を宿した瞳。その美しい瞳が少しだけ潤んで私を見つめている。
「すっかり不安は消えて。残っているのは興味と俺のこと好きだって気持ちと、もう気がついているんですよね?……なんで少し喜んでいるんです?」
喜んでいるのは、ディアーシュ様が誰にも話したことがないことを私に教えてくれたから。
「つまり、そういうことなんですね?」
ディアーシュ様は、私から手を離すと少し早口で能力の説明をする。
「制約はあるんですよ?対象に触れなければ発動しない不便な力だ。逆に触れてしまうと、俺の意思に関わらず感情が流れ込んでくる」
「それは……」
両親しか知らないと言った。誰にも話したことがないと。
私は、離れていったディアーシュ様の手を握る。
悲しい。あなたがその能力のせいで、たぶん何度も傷ついたこと。そして恥ずかしい。私の気持ちが全部筒抜けだったこと。それからやっぱり教えてもらえて嬉しいし、好きです。
「参ったな。嫌われるつもりだったのに」
嫌いになるはずがないと、心の中でほんの少しだけ私は怒った。
「ごめんね?」
そう言ってディアーシュ様は、私の額にキスをした。
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