主人公たちの国は
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重厚な黒い扉を開けるときは、いつも緊張する。自分の父だけれど、この中にいる時の父は魔王だから。
「陛下失礼いたします」
「ステラか。どうした、贈り物は気に入らなかったか?」
「とても素敵な時間を過ごしました。でも、もう十分です。アルディアの王太子殿下にはお帰りいただいて構わないですわね?」
「ステラ。それは得策ではない。少なくとも今は」
父がただ娘の誕生日プレゼントのためだけに、一つの国を滅ぼしたり、王太子を人質のようにとどめ置くわけがないことは理解している。
でも、理由がわからない。アルディア王国にはいったい何があるというのだろう。
「ディアーシュ殿を助けたいか」
父の瞳はどこまでも冷たい。こんな瞳をしている時の父は、家族であっても私情を挟ませない。
「──助けたいです。この命に代えても」
「──ディアーシュ殿は優秀だ。だがなぜそこまで」
「生きる意味だから。私はどんなことでも出来ますよ?この力をお使いください」
「そうか……。なら、一つ解決してくれないか?」
来た。ディアーシュ様を守るためならなんでもする。なんでもできる。そう心に決めて、私は呼吸を整える。
「アルディア王国に隷属魔法の使い手がいるという情報が入った。そして、セントディア王国の影がちらついている」
何しちゃっているの主人公たちの王国?!
完全にそれ、ヒーロー、ヒロインの国としてアウトだから?!
「その顔、すでにかなりの情報を得ていたようだな」
私は黙って頷く。乙女ゲームの情報は、完全に網羅している。でも、なぜだかセントディア王国がきな臭い。私はもしかして見てはいけない乙女ゲームの裏側を覗こうとしているのだろうか。
そこまで言うと、父は私に背中を向けた。
「真相を調査し、我が国への被害を未然に防げ」
「この命に代えても」
優雅に礼をして退室しようとすると、背中を向けたままの父が「ステラちゃん。死ぬのも、俺みたいに大事なものを失って復讐のためだけに生きることも許さない」と呟いた。
「お父様……」
「──これは命令だ」
「かしこまりました」
ふらふらと執務室から出る。父の大事なものは、十中八九王妃である今は亡き母のことだろう。
魔王、復讐……。お母様。
そのまま自室のバルコニーに出ると、ディアーシュ様がいた。
「……ひどい顔色ですね」
「光の加減でしょう」
俯いたままのディアーシュ様が、私の手首を黙って掴んだ。
「こんなにも動揺し、悲しみに囚われているのに?」
「悲しんでなど、いません」
ああ、嘘だ。ディアーシュ様にはわかってしまうのに。ディアーシュ様が、顔を上げて美しい満月のような双眸を私に向けた。
「ディアーシュ様を祖国に帰すというお約束、直ぐには守れそうにありません」
「────隷属魔法とセントディア王国」
私は背中に冷水をかけられたような錯覚を受けた。
「なるほど、正解ですか」
そう言うと、ディアーシュ様は私の手をそっと開放した。
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