嘘つきと魔法
ディアーシュ様との街歩きは、とても楽しい。
何もなくても、大好きすぎる推しと一緒なら、それだけで景色が輝いて見える。
「──こんなに幸せでいいのかな?」
「──テラお嬢さま?」
しまった、口に出てしまっていた?ディアーシュ様は、魔法で言葉の真偽がわかってしまう。それなのに不用意に独り言なんて。思わず私は両手で自分の口を塞ぐ。……もう遅いけれど。
「あの、アッシュ様」
「テラお嬢様、少しこちらにいらしてください」
なぜか眉を寄せたディアーシュ様が、私の手を引いて路地に入った。そのまま、黒い魔力で周囲に結界を張る。闇魔法の力は、有用なものが多い。遮音結界を張れるのは闇魔法だけだ。
「これで、ほかの人間から俺たちの会話は聞こえないですから。ステラ様……まず、なぜ俺の能力を知っているのか教えてもらえませんか?昨日は気のせいかとも思ったのですが、確実に俺の能力を知っていますよね」
「それは……。説明が難しいわ。でも、あなたの事を探ったわけではないの」
「──そうですか。では、俺の魔法についてどこまで知っているんですか」
「……相手の言葉の真偽がわかると」
それを聞いたディアーシュ様は、額に手を置いてため息をついた。ディアーシュ様の魔法は、アルディア王国の極秘事項だ。そんなことを、魔王の娘が知っていたら、どう思われるかなんて分かりきっているのに。
「はぁ……。違います。たしかに真偽の判断には役立ちますが」
「────え?」
「俺の能力は嘘がわかるというよりも」
「だめ!」
私は慌てて、なぜか私に自分の秘密を教えようとするディアーシュ様の唇に手を当てる。
「それ以上言わないで下さい」
「──ステラ様」
隷属魔法が存在するこの世界に、秘密を自白させるような魔法がないとは限らない。
だったら、ディアーシュ様の魔法の秘密なんて知らない方がいい。私は魔王の娘で敵が多いのだから。
「──それより、知りたいですか?私があなたの魔法のこと知っている理由」
「あなたが話したいと思った時にはいつでも聞きますよ。……それよりどうして初対面の時からステラ様は俺のことをそんなにも案じているんですか?」
「どうしてって……」
この世界に来る前から、あなたは私の救いだった。本当は推しなんて言葉じゃとても足りない。
あなたに生きて欲しい。どうしてこんなに魂の底から願うのかわからないけれど。
でも、私は魔王の娘。もしもシナリオ通りになってしまった時に、あなたを巻き込みたくないから。
「──どうして、あなたは……」
「……ディアーシュ様。直ぐにでもアルディア王国に帰れるように父に頼みますから」
こんなに近くにいてくれるから、少し欲張ってしまった。ゲームの中よりずっとディアーシュ様は素敵で優しかったから、もう少し一緒にいられるのではないかと。
たぶん、私がこの世界に来たのは今度こそディアーシュ様を救うため。アルディア王国が滅亡するフラグは折った。すでに一つ目の目的は達成されたから。
「俺に何かできることはないですか?」
生きてください。それから……。
「──ありませんわ。どうかお幸せに」
光の魔力で結界を打ち消す。
パリンと薄い氷が割れるように結界は消えてなくなった。
「さ、行きますわよ?アッシュ様」
たぶんこれからもあなたを救うためには、魔王の娘の肩書きと実力が必要だから。隷属魔法であなたが苦しむ未来なんていらないし、絶対に認めない。
私は、魔王の娘として生きていく覚悟を決めた。
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