魔王の城直前の最後の街
ディアーシュ様は、私に合わせてくれているのか、ゆっくりと歩きながら「馬車じゃなくて良いのですか?」と気遣いの言葉をかけてくれる。優しい、ほんと好き。
「馬車だと、街の様子がちゃんと見られないから。やっぱり歩くのが一番だと思います」
そこまで言ってふと、王太子殿下を歩かせるなんてやっぱり良くないのかもしれないと思う。
「あの、やっぱり馬車に乗りましょうか?」
「……テラお嬢様、まさか俺の心配ですか?俺は大丈夫ですよ。訓練では野山を何十キロも歩くこともありますから。お嬢様を抱えてだって一日中歩けますよ」
「ふぇ?!」
「──それよりあの店を見ても良いですか?」
最愛の推しに抱えられている自分を想像してしまったのは仕方がないと思う。
そして、ディアーシュ様が気になると言ったお店は、武器が並ぶ工房だった。
その店を選ぶとはさすがにお目が高い。
この店は乙女ゲーム内でも時々ものすごくレアな商品を扱っていた。
それに、ここは魔王の城直前の最後の街になる。冒険初期にここに来たら、お金さえあれば最高装備が完成する。
なんらかの隠しパラメーターがこの店の品揃えに関連していると言う噂もあった。
「おはようございます」
私たち以外にお客さんはいないみたいだ。
「……客か。どれ、お前たちは俺の作った武器を使うに値するか?」
私たちを値踏みするように見つめていた店主が「これはこれは……」と感心したように頷く。
そして私たちは奥へと手招きされた。
こ、これはレア装備を売ってもらえる時の特別イベント?!
「さ、さすがディアーシュ様です!」
「え、何が?」
「……さっさと来い」
私たちは店主に連れられて、工房の奥に入っていく。綺麗に商品が並べられていた店内と違い、工房は雑多に作りかけのものや埃を被ったような商品が並べられていた。
「好きなものを選んでみろ」
黙ったままディアーシュ様が、一振りの短剣を手にする。そう、ディアーシュ様は長剣よりも短剣と体術を組み合わせたトリッキーな戦いを得意とする。
お目が高い。
その短剣、店売りの中では最高峰ですよ。
さすが!を脳内で繰り返す私に、店主が怪訝な顔をする。
「あんたも、さっさと選べ!」
「え?私ですか」
「ここの品揃えじゃ気に入らないって言うのか?」
「ま、まさかそんなことないですけど。私も選んで良いんですか?」
店主は答える代わりに、工房の更に奥を指し示す。その指示に従い、奥に足を踏み入れると、ごく平凡な杖が一本置かれていた。
その杖を掴むと、手から離れなくなった。
「ひゃ?!呪いの杖ですか?!」
「そんなわけないだろ。……よっぽど気に入られたな?専属魔法で契約するまで離れなさそうだ」
「専属魔法……?」
疑問でいっぱいの私の手を、ディアーシュ様が掴んだ。そこから闇色の魔力が注がれると、私の手から杖が離れて床に転がった。
「これでこの杖はお嬢様にしか使えません。売っていただけるのですよね?店主殿」
「……あんたたち何者だ」
私は、瞳の暁色を隠していた眼鏡を外し店主を見つめる。
「申し遅れました。ステラ・ヴェルドと申します」
「ステラ……あんた姫君だったのか」
ここで身分を隠すのは得策ではない。できれば、この国の滅亡を避けたいから。
最高の武器を作る職人を手に入れられると思えば、安いものだ。
「……ディアーシュ・アルディアと申します。名乗り遅れた無礼をお許しください」
「あんたもか……。おいそれと名乗って良い身分ではないだろうに」
正当な対価を払うと言う私たちに無理矢理、短剣と杖を握らせて「気に入ったからまた来い」と豪快に笑う店主。
最高装備でニューゲーム……?
追い出されるように店を出た私たちは、最終装備に近いレベルの武器を街歩きで手にしてしまい、困惑したまま見つめ合うのだった。
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