魔王の国
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結局、夜明け近くにやっと眠りについた私は、それでもいつも通りの時間に目をこすりながらも起き出す。昨日のことを思い出すだけで、なんだか胸が苦しくなった。
「お嬢様、趣味が変わられたのですね」
今日も私は、暗い色合いのドレスの中になぜか紛れていた淡いオレンジ色にアイボリーの花が飾られた優しい雰囲気のワンピースを選んだ。
「きっと、国王陛下が喜ばれます」
なぜかそんなことを言う侍女のビビ。確か昨日もそんな台詞を耳にしている。
「ねえ、どういうことなのか教えてくれる?」
「──この衣装は、陛下が用意されたものです。王妃様はこういった華美でない淡い色合いの装いを好んでお召しになっていましたから」
「そう……」
私はたぶん今まで無意識のうちに母を思い出すような色合いの服を避けていたのだと思う。
「これから着る物は、こういう色やデザインが良いわ」
私はビビに微笑みかける。どちらかというと、黒髪と暁の瞳を持つ私には、はっきりした色のドレスの方が似合うのかもしれないけれど……。
それでも、化粧が施され、優しい雰囲気の緩く巻かれた髪型になれば、それなりに似合っているような気がした。魔王の娘ステラは美しい。素材の勝利というやつだ。
「そういえば、アルディアの王太子殿下は……」
「最高のもてなしをするように、陛下からの命が降りています」
「そうなの」
私は心からほっとする。人質のような生活をしていたらどうしようかと思っていた。
最高のもてなしというなら、きちんと国賓としてもてなされているのだろう。
「姫様、本日のご予定は」
「……お忍びで視察に行くわ」
このワンピースなら、良家の子女でも通るだろう。
この暁色の、私を表す瞳さえ隠してしまえば。
私は、お忍び用の瞳の色を隠すためのメガネをかける。
そういえば、マントをお返ししなくてはね。
やましいことがあるわけではないけれど、見られることを恐れてディアーシュ様のマントは鍵付きのクローゼットの中にしまい込んである。
「護衛騎士を……」
「私を誰だと思っているの?父上や兄上ならともかくほかの人間が私に傷をつけられる?」
そう言うと、ビビは黙ってしまった。
たぶん私は人を傷つけられる自信がない。それでも、たしかに高いスペックを持っている。おそらくスペックだけなら、ヴェルド王国でも5本の指に入るだろう。
ああ、もしかしたらディアーシュ様の実力はすでに私よりも上かもしれないわね。
ゲームの中でぶっ壊れ性能だと言われた、魔王の娘ステラより、さらに異次元の性能と言われたのがディアーシュ様だったから。
そんなことを思って、一人笑顔になった私に影が差す。
顔をあげると、なぜかそこには街を歩いていても違和感のない服装に身を包んだディアーシュ様がいた。腰にはヴェルド王国の兵士が使う一般的な剣が下がっている。
「……?」
「……まお、いえ国王陛下からあなたを護衛して過ごすようにと命じられました。贈り物はこれだと伝えてほしいと」
「……?!」
私は声をあげることもできずに、ただディアーシュ様を見つめることしかできなかった。
そういえば、時々父は不思議な行動をする。たぶん私の事を大事に思っての行動なのはわかるけれど。王太子殿下を護衛にするとか、あまりに失礼ではないだろうか。
ディアーシュ様に申し訳ない。断ろう。
そう踵を返そうとした瞬間、ディアーシュ様に引き留められる。
「俺が護衛では力不足でしょうか」
「え……そんなはずないです。心強いし嬉しいですけど……」
そんな私の言葉に、ディアーシュ様が笑みを深める。……しまった、この人相手の言葉が本音か嘘かわかるんだった。
私の頬が急激に赤くなる。これは、もう逃げ場がない。だって、最愛の推しが護衛についてくれるんですよ?
そんなの嬉しいに決まってるじゃないですか!
でも、私に関わらないで欲しい。
「俺もできればヴェルドの発展の秘密が知りたいのですよ。付いていくことをお許しいただけませんか?ああ、街歩きの間どのようにお呼びすれば?俺のことはアッシュと」
「──テラとお呼びください」
「お許しいただき光栄です。テラお嬢様?」
思っていた性格とずいぶん違うディアーシュ様。でも、嫌いじゃない。むしろ好きだ。
それに、ディアーシュ様はゲーム内で暗殺者をしている時、アッシュと呼ばれていた。
「アッシュ様、それではお願いします」
私はエスコートのために差し出された手を取って歩き出す。
この世界の現状を、ちゃんとこの目で見るために。
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