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魔王の娘は推しの国を滅亡させたりしない。  作者: 氷雨そら
第一章 魔王の娘。亡国の王子と出会う
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双子の月


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 夢みたいな夜会の時間が過ぎて、侍女のビビに締め付けの少ない就寝用のドレスに着せ替えられてベッドに潜り込む。寝られるはずがない。今も心臓がドキドキと音を立て続けているのだから。


「好きな人と踊れることがこんなに幸せなんて知らなかった」


 そして、今日一日魔王である父に感じた違和感を考える。

 父はもともと、とても優しい人だった。今だって私のことも、家臣のことも王国の民のことも誰よりも大事にしている。そんな父は、国外での魔王との呼び名と正反対で国内では良き治世者として絶大な人気を誇る。


 そして、幼い頃の父は他国を侵略するような政策をとっていなかった。

 そう、変わってしまったのは母が亡くなった直後から。


 私は、母が死んでしまった理由を知らない。誰に聞いても、悲しそうな顔や怒りを湛えた顔をするだけで決して答えてはもらえなかった。


 母は幼い頃私に「遠い国からお嫁に来たの」と言っていたことがある。どんな風に父と母が出会ったのか母が儚くなったのはなぜなのか、資料室で探そうとしたけれど、母に関する記録は不自然なほどになかった。


 たぶん、母が遠い国から嫁いできたことと、母の死因、母がいなくなってからこの国が侵略と大陸の制覇に舵を取ったことは関係があるような気がした。


「うう……ますます眠れなくなってしまったわ」


 なんだかさっきまでの幸せな気持ちが消えて、心に何かが重くのしかかったような気分になってしまった。今はいない母のことを、とても恋しいと思った。


 外の空気が吸いたくなった私は、バルコニーから庭にそっと出る。

 月が二つある不思議な夜空。


「ああ……ここは本当に違う世界なのね」


 もしも「月が綺麗だ」と、この世界で言ったとしたら、移り気な人だと言われてしまうに違いない。

 双子のような月は美しいけれど、たった一人の愛しい人に例えることができない。


 それだけは残念だと思った。


「あなたも眠れないんですか?王女殿下」


 その時、聞き間違えるはずもない柔らかく甘い声がした。

 私は胸が苦しくなって、振り返ることすらできないまま「──王太子殿下もですか?」とだけ何とか返答した。


 そう答えてから、ディアーシュ様が王太子でありながら隣国に残る、まるで人質のような状況で眠れるはずがないことに気づき、もっと気の利いたことが言えたらいいのにと唇をかみしめる。


「先ほどの時間のように、こちらを見てはいただけないのですか?」


 その声に、思わず振り返る。

 そこで見たディアーシュ様の瞳は、まるで……。


「まるでディアーシュ様の瞳は、双子の月みたい」


 思わず口から出てしまった言葉に、ディアーシュ様が瞠目するのを見て、私は赤面する。

 二人の間の沈黙が居た堪れなく感じる。


 その時、沈黙を破るようにディアーシュ様がクッと小さな笑い声をあげた。


「ディアーシュ様……?」


 あきれられてしまったようだと、うつむく私の予想に反してディアーシュ様がこんなことを言った。


「そんなこと、初めて言われた。淡い金色の瞳は災いを呼ぶという伝承があるからか、気味が悪いと言われることはあるけれど」


「え……こんなにきれいなのに?」


 私は驚く。もしかしたら、あまりに美しい色だから、人は逆に恐れを感じるのかもしれない。

 災いを呼びそうというなら、私の紅からオレンジに色を変える暁のような瞳の方がよっぽどそういうイメージだと思うけれど。


「ありがとう。素直にその言葉がうれしい……。許していただけるならステラ様とお呼びしても?」


「──っ。は、はい」


 乙女ゲームの中のディアーシュ様は笑わない。

 隷属魔法をかけられて、望まないことをさせられているから。

 

 いつも無表情だし、時々見せる表情はとても悲しそうで……。


 私はあなたの笑顔を守りたい。

 それから、どうしても謝らなくてはならない。


「……あの、ディアーシュ様にお詫びしなければいけないことがあります」


「え?」


「私が我儘な願い事をしたせいで、ディアーシュ様は王太子なのにこの国に留まることに……」


 私は深々と頭を下げる。国が滅ぼされるよりはいいかもしれないけれど、人質みたいな状態にしてしまったことが心苦しかった。


 そんな私をじっと見ていたディアーシュ様は「ステラ様のせいではないです」とだけ少し低い声で答えた。


 きっと冷たい目で見られているに違いないと覚悟して顔をあげると、そこには優し気に微笑んだディアーシュ様がいた。


「銀の花が欲しいと言ったそうですね」


「……はい」


「前例から言えば、我が国はすでに今頃ないでしょう」


「──ディアーシュ様」


 それは事実だ。我が国が征服した国は片手で数えられないほどだ。

 そして、徹底的に壊滅させられた。


 理由はあったのかもしれない。それでもいつしか父は人々から魔王と呼ばれるようになった。


「おそらくステラ様が我が国を守ってくれた……そう俺は思っているのですが?」


「──違います」


 私は否定した。そんな大したことをしたわけではなくて。

 私が守ろうとしたのは……。


 月の光にかかる薄雲のような少し長いブルーグレーの前髪。そして、月そのもののような淡い金色の瞳がこちらを見つめている。


 ディアーシュ様の手が、私の手に触れそっと持ち上げる。


 そういえば、ディアーシュ様の得意魔法は……。


「ステラ様は、嘘つきですね」


 ディアーシュ様の魔法は嘘を見抜いてしまう。

 私の発言は不用意だった。

 隠そうと思うなら、嘘を言うのではなく真実を包み隠す必要があったのに。


 ディアーシュ様が私の前に跪く。


「この恩は、わが名に懸けてお返しすることを誓います」


「もう、十分頂いています……」


「ステラ様はそんなことを本気で言っているから困る」


 手の甲に落ちる口づけ。

 私の瞳を見つめるディアーシュ様は切なげに瞳を細める。


 本当に、本当に十分なほど貰っている。

 これから、今日の事を思い出すだけで、ずっと幸せになれるくらいに。


「──ウソを言っても仕方ないからちゃんと言います。この国と関わるのは出来る限り避けるべきです。詳しいことは言えないけれど……。ディアーシュ様がご自分の国を大切だと思うなら」


「ステラ様は……。いえ、ご忠告ありがとうございます。さあ、風が出てきました。そんな薄着では風邪をひいてしまいます」


 ディアーシュ様は、身に着けていたマントを私にかけてくれた。漂ってきた香りは、まるで深い森の中にいるような穏やかな印象を私に与える。


「良い夜を……。暁の姫」


 部屋に入った私は、思わずディアーシュ様のマントを抱きしめる。

 乙女ゲームでは、もちろん香りなんてわからない。

 あんなにたくさんの声も聞けないし笑顔なんて見たことなかった。


 もっとディアーシュ様が知りたい。

 私は思わず強欲になってしまいそうになったけれど、私は魔王の娘なのだと首を横に振る。

 それなら、あの笑顔を守ることだけを願うと改めて心に誓った。



最後までご覧いただきありがとうございました。


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