その心が読めるから
ゆっくりと離れていくディアーシュ様。少し……かなり名残惜しい。そう思った瞬間、ディアーシュ様が、もう一度私のことを抱きしめた。
「ステラ様、こんな風に誰かに触れるのが恐ろしくないなんて、今でも信じられない」
「――――ディアーシュ様」
誰かと触れ合うのが恐ろしいという気持ちが、私にはわからない。わからないけれど、そんな孤独をディアーシュ様が抱えているのは悲しい。
「ふ。なぜ悲しむのステラ。俺は今、こんなにも幸せなのに」
「じゃあもっと触れてください」
「――――え?」
あれ、そこ驚くところですか?
キョトンと見つめる私とため息をついて首を振るディアーシュ様。
「――――自分の邪さが嫌になりました」
ディアーシュ様が苦笑する。いったい、こんなにも真っ白な心根をしたディアーシュ様のどこが邪なのか謎が深まっていく。
「はー。本当に……。こんな素直で、よく今まで魔王の姫なんていう危ない立場、生き延びてくることができましたね?」
私を抱きしめたままのディアーシュ様が、チラリと魔王城の方を見ている。どういうことなのだろう。まあ、確かに魔王の娘であるばかりに、私はいつも命懸けなのだけれど。
「まあ、魔王様が守ってきたのか」
――――ディアーシュ様が来る直前まで、ほとんど、父との接点はなかったのに。それに、ある意味ステラは今の私のように隙だらけではなかっただろうから。
「ステラ様は何を抱えているんですか」
「ディアーシュ様。私はあなたを守るためにここにいるのだと思います」
「こんなに素直で隙だらけなのに?」
「それでも」
ディアーシュ様が、私を抱きしめる力を強めた。
「そう、それならステラ様のことは俺が守るから」
心強い。ディアーシュ様は、とても強いから。
でも、アルディア王国がきな臭くなってきた今、ディアーシュ様の御身はまだまだ危険だ。
もし触れるのが怖いというディアーシュ様が、隷属魔法のせいで誰かを殺めるたび、その感情を受け取っていたとすれば。
そしてこれからもし、私を守るためにその心を傷つけるのだとしたら。
「守らないで」
「ステラ様、どうして」
「ディアーシュ様に傷ついてほしくないからです」
「そう……」
ディアーシュ様が、私から少し離れて微笑んだ。その笑顔は、そして細められた三日月のような瞳が、あまりにも麗しくて、優しくて、私を泣きたい気持ちにさせる。
「今はきっと、俺が怖いのは一つだけですよ?」
「……え?」
誰かの感情に触れて、あなたが憎悪を直接その心に受けることですか?
「傷つかないでステラ様。ステラ様が傷つくことが怖い」
「ディアーシュ様?」
私は傷付くなんて平気なのに。ディアーシュ様さえ無事でいてくれるなら。
「……そうですね。今この瞬間だけは、ステラ様に触れるのが怖い」
そんなことを言ったのに、ディアーシュ様は迷う様子もなく私の手に触れて真剣な瞳で私を見つめる。
「やっぱり……。俺を守ろうとするその覚悟はどこからくるんですか。いつかステラ様がそのせいで傷付くのが怖い」
そんなに辛そうにするなら、私は出来る限り傷ついたりしない。
「そうですね。では、守ってくださいディアーシュ様」
それでも私は知っている。
ディアーシュ様。あなたに何かあれば、そのことが私を一番傷つけるのだと。
シナリオの強制力には負けない。
「心強いですね」
ディアーシュ様と私は、たぶんそれぞれが心を決めて、お互いを思って微笑み合った。
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