父と娘と母の面影
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ディアーシュ様の、能力の秘密を聞いてしまってから私は毎日毎日、隷属魔法について調べ続けた。ディアーシュ様を守りたい。ただその一心しかなくて。
でも、その時の私はそのことばかり考えていたせいで、ディアーシュ様に隷属魔法をかけた存在の本当の目的までは思考が追い付いていなかった。
ディアーシュ様は、学園で誰と戦って命を落とすのか。そのことに思い当ればその目的に簡単に気が付くことができたはずなのに。
「これ……もしかしたら使えるかもしれない」
一冊の本を震える手で開いていく。それは、隷属魔法の本ではなかった。それは精霊魔法。
高位の精霊と契約をすると、他のつながりはすべて白紙になる。
精霊は契約者にとても執着するから。特に高位の精霊であるほどその傾向は顕著らしい。
たしかに、主人公が契約した光の精霊は、主人公にひどく執着していた。
裏ルートでは、光の精霊王とのルートもあるのだけれど、精霊と契約した瞬間に主人公が掛けられていたすべての呪縛が解ける。
だとすれば、人間との隷属魔法なんてなかったことに出来るのではないだろうか。
ディアーシュ様なら、高位の精霊とも契約できそうだ。
執着されてしまって、私なんか近づくこともできなくなりそうだけど、ディアーシュ様が望まない人生を歩んだ上に破滅してしまうよりよっぽどいい。
「ま、最終手段として」
私は、とりあえず精霊との契約に必要な精霊石を探すため宝物庫に行く許可を父から貰うことにした。
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「え、ステラちゃん精霊石なんて何に使うの」
父は不審げな顔をした。たしかに、精霊石なんて精霊と契約するときにしか使わない。
闇属性以外、すべての属性が使える私にとっては、精霊との契約に大きなメリットはない。
「……隷属魔法の解除方法として、もしかしたら一つの選択肢になると思ったのです」
「真面目な話か……おねだりしてもらえて喜んでいたのに」
父が言っていることが、少し意味がわからなくて一瞬ぼんやり虚空を見つめる猫みたいになってしまった。
「――――ゴホン。王命に従うためとあっては、許可する以外にない。任せたからには、使える資源は利用するがいい」
魔王の仮面をかぶる父のことが、最近では愛おしくて仕方なくなってきた。父は強くて、脆くて、娘にとても甘い溺愛パパで……。猛烈に好きだ。
「お父様、何があっても私はお父様のこと大好きです」
「え……ステラちゃん。嬉しいこと言ってくれるけど、あまり危ないことしちゃだめだよ」
素に戻ってしまった父。今は誰もいない。親子二人だけの空間だ。
それでも、私たちにはそれぞれの役割があって、それが私たち親子の関係を冷たいものにしていた。こんなにも大事にされていたことを、今まで知らなかった。
「今まで父親としての役割一つ果たさずに済まなかった」
「お父様……それなら一つだけお願いを叶えてください」
「……ステラちゃん」
「お母様の話を聞かせてくださいませんか。もちろんすぐにとは言いませんから」
誰もが避けている私の母の話題。でも、侍女たちの話の端から聞く母の姿は、明るくて優しくて。そして、聖女のごとく光魔法を行使していたらしい。
「――――ああ。だが、あと少しだけ時間をくれないか」
瞳を伏せた父の瞳から、一筋だけ滴が零れた。一度も見たことがなかった父の涙。
「それにしても、そういう格好をしていると本当にステラちゃんはディアナに似ているのだと思い知らされる。今まで、俺はそのことに気が付かないようにしていたんだと……」
たった一滴の涙はすぐに乾いて、父は口の端だけをあげて微笑んだ。
たぶんそれがわかっていたから、魔王の娘ステラは淡い色のドレスを身に纏ったりしなかったのだろう。
そうであっても、クローゼットの端にそっと置かれていた、明るい色の可愛らしいドレスが魔王の本心を表していたのだと思う。
もしかしたら、ステラがそのドレスに身を包んでいたら、乙女ゲームのシナリオは大きく変わっていたのかもしれない。
――――今のように。
私は父に一礼すると、宝物庫へと足を運んだ。
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