魔王の娘と亡国の王子
黒と黄金の装飾がされた城に私の部屋はある。
魔王の一人娘。黒い髪に赤からオレンジと見る角度によって色を変える暁の瞳をしたステラ。
魔王の娘と言っても、この世界に魔族はいない。魔王の娘と、呼ばれているだけ。
15歳の誕生日。
目が覚めると、ステラになっていた。
父は乙女ゲームの魔王。
最終的には討伐されてしまう存在の娘として生まれた私。
「普通の悪役令嬢の方がまだましな気がする……」
よりによって魔王の娘に生まれてしまった。
それでも、私はうれしい。
この世界には恋い焦がれた推しがいる。
今現在、私は推しと同じ空気を吸っている。
亡国アルディアの王子ディアーシュ様。
ちなみに攻略対象者ではない。
だって彼は、ダークサイドの人間なのだから。
自分の国が滅ぼされた後、奴隷として捕まり隷属魔法をかけられて裏の仕事をさせられていたのがディアーシュ様の設定だった。
主人公に恋をして、彼女の幾多の危機を救い、そして死んでしまう。
乙女ゲーム内の悲劇の王子様枠。
それでも私は、ディアーシュ様が一番好きだった。
20代後半、毎日終電で帰る私の一番の癒しが彼だった。
きっと、裏ルートでディアーシュ様ルートが出てくるに違いない。
ディアーシュ様が死なないシナリオがあるに違いない。
そう信じて、乙女ゲームのすべてのシナリオをクリアしたのに、ディアーシュ様が生きて幸せになるルートは存在しなかった。
「そもそも、ディアーシュ様の国が亡ぶのは私の我儘のせいなのよね……」
ディアーシュ様の国が滅んだ原因は、魔王の娘が誕生日に「銀色に輝く花の草原が欲しい」と言ったから。
魔王は娘の願いを叶えるために、ディアーシュ様の国を銀色に輝く月写しの花が咲く草原だけを残して滅ぼしてしまった。
その理由は、銀色に輝く花の草原が、ディアーシュ様の国にしかなかったから。
それが、私の15歳の誕生日の出来事。
そういえば、アルディア王国に人間の振りをして王国学園に潜入していたステラは、それに気が付いたディアーシュ様に殺されてしまう。その時にディアーシュ様が相打ちで一緒に死んでしまうことも多いけれど。
ディアーシュ様の破滅は私が関係していることが多い。それなら、私がディアーシュ様を救うことだってできるはず。
「ううん……絶対に幸せにしてみせる」
私は、必ず最愛の推しを救って見せると心に決めて、ベッドから起き上がる。
私の運命が、魔王である父とともに破滅を歩むのだとしても。
侍女に着替えを手伝ってもらうのは慣れないけれど、ステラの記憶がそれを受け入れる。いつも、赤や黒の服を好んで着るステラだけれど、なぜかクローゼットの中にあった白い清楚なドレスを着ることにした。
「きっと陛下はお喜びになりますよ」
侍女のビビが、うれしそうに私に微笑みかける。
どうして父が喜ぶのか、よくわからないまま私は父の執務室を訪れることにした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
執務室に入ると、黄金と黒で装飾された机と椅子に、私とお揃いの黒い髪、そして紅の瞳。
いかにも魔王という見た目の父がいた。
魔王の機嫌を損なったら、いくら娘でも……。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
それでもディアーシュ様を救うためには避けて通ることができない。
「──おはようございます。お父様」
私が声をかけると、父が瞠目して固まっている。
「……あの、お父様?」
「はっゴホン。……ステラ、おはよう。その白いドレスやっと着てくれたのか。似合うと想像していたが予想以上だな」
そう言って私に微笑みかけた父は、ちょっとカッコ良すぎるけれど普通の父親のような表情をした。
「それで、誕生日当日になってしまったが欲しいものは決まったのか?」
「ええ……アルディアにある銀色の花が欲しいですわ」
「……そんなものでいいのか?それでは、隣国アルディアを滅ぼして、銀の花が咲く草原をお前に贈ろう」
優しく微笑む父だけど、言っていることがやっぱり魔王だ。
ゲーム内で魔王と呼ばれる父は人間で、ヒロインのいるセントディア王国といつも競っている、ヴェルド王国の国王陛下なのだ。
「いいえ……アルディアは、街並みも作られる装飾品もとても美しいです。私は滅んでほしくありません。友好国として保護して、そのままのアルディアにいつでも訪れることができるようにして欲しいです」
「……ステラちゃん。そこまで考えられるなんて、子どもと思っていたのに成長したな……。では、属国として庇護し、ステラちゃんのために毎日銀の花と装飾品を届けさせよう」
「毎日は……多すぎますわ」
「そうか?」
明らかにシュンと肩を落としてしまう父に苦笑してしまう。本当に魔王なのだろうか。
どちらかというと娘を溺愛するだけの子煩悩な父にしか見えない。
どうして、父は魔王と呼ばれるようになってしまったのだろうか。
「では、さっそくアルディアに使者を送ろう」
「ありがとう、お父様。大好き!」
そう言ってみると、一瞬固まってしまった父は、娘の私ですら見惚れてしまうような笑顔を見せてくれた。
これでアルディアの滅亡を防ぐことができる。そうすれば、きっと最愛の推しは幸せに暮らせるに違いない。出会う機会もないのが残念だけど。
同じ空気を吸ってディアーシュ様が幸せに生きていることを想像できるだけで私は幸せだ。
あとは、可能な限り魔王である父に悪辣なことをさせず、ヒロインがいるセントディア王国と事を構えずに過ごしていくよう努力しよう……。
私は推しに会えない少しの悲しみを押さえつけて、未来に向けて決意を新たにした。
最後までご覧いただきありがとうございました。
誤字報告ありがとうございます!
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけると嬉しいです。