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さびしい

作者: 稲葉野々

すぐに読み切れる超短編です。


 飲みかけのコーラ、お菓子の袋、片方だけの靴下、乾いたコンタクトレンズ。

 机の上の周りには彼のいた痕跡がたくさん落ちていて、わたしは長くため息をついた。

 物で溢れているせいか、室内は暗くて湿っぽいので、どうも気分が落ち着かない。悠人は気にしないみたいだけど、二人で暮らす家だからせめて自分のものくらいきちんと片付けてほしい。

 掃除機をかけようと思ったけれど、なんだか体が重たくてすべてが面倒になった。カラカラと窓を引いてベランダにでる。タバコでも吸おうかとポケットを探ったが、入っていた箱は空っぽだった。

 

 ここは三階だけど高台にあるから見晴らしがよく、最寄り駅と、その向こうの低い山が見渡せる。景色がいいからこのマンションを借りることに決めたのに、洗濯物を干すくらいでしかベランダにはでていなかったのを思い出した。

 桜の木が頭を過ぎる。あの低い山にあった大きな桜の木だ。

 むかしはよくピクニックへでかけていた。悠人の好きなツナマヨおにぎりを作って。ピクニックといっても、ただの散歩みたいなものだけど、それでも外のベンチで日差しをいっぱいに浴びて食べるだけで特別な気がした。最近、よくこの頃のことを思い出す。会話をしなくてもただ手を繋いで歩いているだけで楽しかったあの頃だ。

 ふたりで相談して決めたマンションを借りて、ニトリで家具を選んだり、配置を考えたり、そういうことをしているときが一番幸せだった。

 遠足だってそう。実際に出かけるよりも、ナップサックに詰めるお菓子を選ぶときが楽しさのピークだったりする。

 

 悠人と暮らし始めてみて、あまり合わないのかもしれないなということに気づいてしまった。家事のやり方や、食事のタイミング、生活において大事にしていること。すべてが少しずつずれていて、お互いに寄り添うことができなかった。喧嘩も増えたし、私は小姑みたいに口うるさくなった。彼のものを片付けてあげればいいのに、あとから文句をいうためだけに放置しておくようになった。

 この状況でも厄介だったのは、私はとてつもなく悠人のことを好きだということだ。

 別れないとお互いに不幸になるのがわかっていて離れたくないのだ。体が取り込まれてしまえばいいのにと思うほど、私は彼に依存していた。失ったらダメになる、全部を失うと思って寂しくなった。考えていると沈み込むようないやな気持ちが強くなる。なぜだろう、彼のことを好きなのに、彼のことを考えると悲しくなるのだ。

 頭のなかで桜の木が、花を散らしながら揺れている。また二人で桜を見に行きたい。一人は寂しくてたまらない。


 しばらくすると、玄関のほうで鍵が開く音がした。悠人は、ただいまも言わず入ってきて、汚れた机の上を手で払い、コンビニの袋をおいた。中にはカップ麺や菓子パンが大量に入っている。

ソファに座り、癖のような手つきでなんとなくスマホをいじる。しばらくしてからテレビをつけようと、リモコンを手に取った。

「おかえり」

 私は隣に座るが、彼はなにも答えない。ただ、リモコンを持ったままの手が微かに震えている。

 どうしたの?

 真っ暗なテレビの画面には、私と悠人の姿がくっきり写っている。壁掛け時計の音がやけに大きく響いている。

 悠人は、まっすぐ視線を向けたまま固まっている。だんだん息が荒くなる。画面越しに目が合うが、口を半開きにしたまま、私を見ようとはしない。

 どうしたの?

 もう一度囁いてみるが返事はない。最近いつも無視されてしまうので、寂しい。寂しくてたまらない。なぜ、どうして、悲しい。ぐっちゃりと潰されそうな気持ちで胸が苦しくなる。

 ふと、桜の木が思い浮かぶ。またこの映像だ。揺れている桜の木。しおれた花びらが散っている、その下には人がぶら下がっている。風もないのにゆらゆら揺れる、独りぼっちのかわいそうな人。

 能面のような白い顔が、ミシミシと縄を軋ませながら振り返る。その人は、あれ?

「わたし?」

 その瞬間、すべてを思い出した。

 そうか、そうか、そうだった。

 そういえば私、桜の木の下で首を縊ったのだった。

 なぁんだそうか。それじゃあ仕方がない。仕方がないことだ。

 理由がはっきりしたので、私は口を大きく開けて笑った。悠人は泣きそうな顔で声をあげた。


お付き合いいただきありがとうございました。

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