第6話 王宮の戦士ゲリアン
門番というのはひどく退屈な仕事だ。
王宮を守るという意味では重大な仕事ではある。だが、それが華やかしいものではないのは間違いない。
「王宮カネカエセーへようこそ!」
「俺もお前と同じ冒険者だったんだがな。股関節に矢を受けてしまってな」
この毎回同じ台詞にも飽き飽きしてくる。
しかもこっちは裏門の方だ。仕入れ業者がたまに来る程度で、商人が振り向きもせずに通り過ぎて行くのが悲しい。しかも毎回最後まで言い終わる前に通り過ぎて行ってしまう。
なんで裏門でこんな台詞を言わせるのか。決めた奴をブン殴ってやりたい気持ちに毎回かられる。
とりわけ蒸し暑い夏となればなおさらだ。直射日光モロ当たりにより、例の如く残り少ない頭髪が茹でたパスタのようになり、顎のラインをかけて汗が滝のように流れ落ちる。
甲冑の中には加齢臭と混じった熱気が立ち込めて逃げ場を失い、間欠泉の如き汗の噴出を更に促す。
手に持っている槍も熱い。長時間熱線に照らされ、もはやそれは暖房器具と化していた。さながら焼きゴテだ。生身の皮膚に当てたら間違いなく焼けくっつくことだろう。
「なあ、ゲリアン。今日も暑いな」
反対側に立った同僚が軽薄そうに声をかける。
「表で何か騒動があったのは聞いてるか? 商人が襲われたとか何とか…」
「……」
「しっかし、専属兵士は冷房の効いた待機室にいるってのにやってらんないよなー」
彼らは実はアルバイターだ。本来、主要地を守る門番というのはそれなりのエリートがつくのが常だ。そうでなければ警備の意味がない。雇われアルバイターに任せていい仕事ではない。
しかし、魔王ブロゼブブと魔竜ルンボロボンボが倒された平和な今の世だからこそ、こんなことがまかり通るのだ。
王国発令の『総人口働き方改革』により、一般市民にもこういった仕事があてがわれているのである。
「…なあ、ゲリアン。また登用試験落ちたんだって?」
そこで初めて、不動にしていたゲリアンのヒゲがピクリと動く。
「お前、もうすぐ40だろ? 兵士だなんて夢なんて見るなって諦めろよ」
ゲリアンはジロリと同僚の顔を見やった。怒ったように見えるが、仏頂面なのはいつものことだ。それを知っている同僚はヘラヘラと笑う。
「向かねぇんだって。…前に話したろ。俺、今度、酒場をやるんだ。親戚が漁師でな、魚介類をメインに出す小洒落たバーってやつさ。なあ、ゲリアン。悪いことは言わねぇ。雇ってやるからさ、門番なんかよかもっと給金もいい。考えてくれよ」
いつも一緒の勤務となると、お馴染みの誘い文句だった。
しかしゲリアンは彼が誰にでも同じことを言っていることを知っていた。そんな誘い文句で親しくなると、準備金という名目で金を借りるという、彼の金策手法なのだと。
「…なあ、ゲリアン」
「……考えとく」
いつもと同じ答えを返すと、彼は「ふう」と肩をすくめた。
「なあ、なんでそんなに兵士になりてぇんだ?」
同僚の軽口は続く。ゲリアンは瞬きをひとつすると正面に向き直った。
「…はぁ。いいよ。…あ、そうだ。この本、読むか?」
ナップザックから古びた小冊子を取り渡そうとしてくる。
「本?」
「ああ。なんかどっかの戦士の話らしい。お前が好きそうだと思って買っといた」
きっと拾ったか盗んだかしたのだろうとは思ったが、ゲリアンは何も言わずに受け取る。
「…これも読めないな」
「見たことない言語だろ。だけど、挿絵はあるからさ」
何ページかめくり、ゲリアンの目が大きく見開かれる。それを見て同僚はしてやったりとニヤリと笑った。
「……1000円でいいぜ」
★★★
その日の夜は眠らずに挿絵を見やった。文字は読めない。だから挿絵で物語を読み解く他ない。
間違いなく解ることは、それは戦士の物語ということだ。王の命令で戦士は旅立ち、数々の魔物を倒し、様々な問題を解決していくという話であった。
途中、なぜか魔物を引き連れて、その魔物は回復魔法が使えるようで、仲良くなって友情を育んでいるように見えた。
ゲリアンは棚に置かれた自分の鎧兜を見やる。そして決心して頷く。
★★★
翌日、真っ赤なペンキで塗りたくられた鎧兜を着たゲリアン。
彼は上司である専業兵士の事務所に入ると、血走った眼で言い放つ。
「…子供たちを助けに行く」
「こ、子供?」
「…」
「そうだ。魔物にさらわれたらしい」
ゲリアンは小冊子のボロボロになった挿絵を示す。それは暗闇の中に捕らわれた子供たちのイラストだった。
「…これは絵では…(名推理)」
ゲリアンの血走った眼がカッと開かれる。
「一刻も早く! 助けねば!!!」
「わ、わかった。わかったから落ち着け…」
殴りかかってきそうなゲリアンの剣幕に気圧され、上司はゴクリと息を呑む。
「そ、それで手がかりか何かはあるのかい?」
とりあえず話を合わせるのが賢明であろう、そしてこんな状態に至った経緯を探りたいという思いからそう尋ねる。
「井戸! 井戸に回復魔法を使える魔物がいる! それを仲間にする!!」
「エッ!?」
荒唐無稽もいいところだ。きっと、なろう系の小説ばかり読みすぎて、現実と妄想の区別がつかなくなったのだろうとオタク理解のある上司は気の毒に思った。
「まずは教会の前にいる老人を押してくる!」
「エッ!?」
こうなったゲリアンは止まらない。止まれない。制止する上司を殴りつけ、外へと踊り出したのであった!
★★★
外に出たゲリアンは老人を探す。旅に出たがっている老人をだ。
小冊子の中では戦士は老人を連れて行くのを諦めたようだが、ゲリアンはそんなことするつもりはなかった。敬老精神なんてクソ喰らえだ。戦えなかろうが、盾にはできるだろう。無理矢理にでも村の外へ連れだして行くつもりだった。
「おい! そこのジジイ! 俺と一緒に来るんだ!」
「な、なんじゃ! アンタ! ヒィイイッ!」
赤色の鎧を着た中年男が、3倍速の速さでシャーと来るのだ。恐ろしい以外の何ものでもない。
「チッ! 言うことを聞け!!」
平和な村の中で起きる惨事! 胸元を引っ張られはだけさせられたジジイに、詰め寄る赤鎧の中年男性。なろう系小説始まって以来、どこにも需要がなさそうな展開が、朱色の薔薇が咲き乱れる背景を前にして行われていた(教会前は花畑だから仕方ないよね!)。
「やめとくれ! うちのジイサンに何をするんだい!」
「黙れ! 勇者を捜し出さねばならんのだ! 世界の危機を救うために俺は旅立つ! キミに決めた!」
ゲリアンは赤い野球ボールを取り出し、そこにジジイをねじこもうとする。
これは例の同僚から、別の小冊子を貰って読んだ情報だ。その時には野球帽子に半ズボンをはき、黄色い電気を出すネズミを探すといって野山を1ヶ月駆け巡ったのであった。
「クソ! 役立たずが!!」
野球ボールに入らないと見たゲリアンは、老夫婦を蹴り飛ばして花畑に放り込む。
「これは陰謀だ! 魔王ブロゼブブの陰謀だ!!」
人は自分の思う通りにならないことがあると陰謀論に走ると言う。
そうだ。この素晴らしい小説が未だにブックマーク0にして評価ポイント0なのも国家的な陰謀が張り巡らされているのに違いない! そうだそうに違いない!
「ねぇ! そこのアンタ!」
「む!?」
このままではキチ●イの話として終わってしまう! それを危惧した作者の粋な計らいで、美少女が登場するのはもはやお約束と言えよう!
やけに露出度の高いビキニ風の魔女! なんで街中でそんな薄着なんだとツッコミを入れたくなるが、昨今のなろう系ノベルのアニメ化を観ればそんなのごく当たり前なんだと言う他あるまい!
やけに胸の谷間と下乳を強調したピンクの細紐の水着! へそ下がくっきりはっきり解り、もう今にも脱げそうな紐パン! その上に何の意味があるんだか痴女っぽさを顕著にさせるためだけに魔術師風マントを羽織っている!
え? イメージしにくいだと? 細かい描写は面倒なんだ! なら君の好きなアイドルでも、クラスメイトでも、アニメキャラでもいい! 日頃おかずにしている美少女の肢体をイメージして頂きたい!!
イメージできただろうか?
想像だけで股間が怒張するほどであれば完璧だ!
そうしたら、その美少女の顔をシワだらけのクソジジイと換装するのだ!!
次の瞬間、すべてが台無しとなる! まさに高級料理に吐瀉物をぶっかけるが如く!
そして、いままさにゲリアンの前に現れた美少女は、ボディだけ美少女の、フェイスはクソジジイだったのであーる!
「ば、化け物め!!」
「誰が化け物じゃーい! 世界最強の魔法使いであるワシが仲間になっちゃろちゅうてるのに! ウヒヒ!」
上下に揺れる度、乳も大きく揺れまわる! これが美少女なら喜んだだろう。しかし顔はジジイだ。白い毛の混じった鼻毛も出ているまごうことなきジジイだ。
「……」
「ワシ、タマミ・シラキ。ワケあってボディだけしか用意できなかったが許してくれーい!」
「旅立つぞ!!!」
「おー♡」
悲劇! まさに悲劇!! まさしく悲劇!!!
王宮の戦士ゲリアンは妄執の果てに、突如として現れたシラキのジジイと共に旅立つのであーーーーった!!
──第1章 王宮の戦士ゲリアン 完──