第3話 亜人は食い物だ!① 豚汁キングダム
豚人たちは仲間を引き連れてひた走る。
馬たちは「やめてクレメンス」のような顔をしていた。というのは彼らの体重が重いからだ。しかしここで倒れるわけにはいかない。倒れたら最高、豚人たちに喰われる最期が待っているがゆえにどっちに転んでもやめてクレメンスなのである。
「豚人王様」
オークが声を掛けたのは、馬5頭で引いている大型馬車の玉座に座るオークキングである。その様相はどこぞの退かないし媚びないし省みない帝王のようだ。
しかし容姿はヒドい。肥えて肥えて肥えまくり、つまり、なろう系小説ばかり貪り読み、ろくに運動もせず、ファーストフードと間食ばかり食べ続けて10年したらこうなるだろうという体型をしていた。
「そろそろエルフたちの隠れ里、”風の谷のナウスィーカ”でございます」
「ブヒヒ。そうかそうか。愉しみだブヒな。きっと生娘が沢山のいるだろうブヒヒ」
喋りながら多量のヨダレをしたたらせ、それが三段腹にまで滝のように流れる。
「ククク。嫌がるエルフたちの娘の顔を想うと確かに…」
情欲に満ちた目でオークたちもニヤリと笑う。
「ブヒヒ。しかし、これは救済なのだブヒ」
「救済ですか?」
「そうだブヒ。貧相なエルフどもは非モテ女子だブヒ。どこかで誰かが必要を満たしてやらねばならないブヒヒ!」
「しかしエルフにも男は…」
横から余計なことを言おうとしたオークの頭が飛び消える。
オークキングは自ら血濡れた拳をペロリと舐めた。周囲に緊張が走る。
「エルフの玉無しは男に値しないブヒ!」
オークキングは勃つ! 雄々しくそそり勃つ! 席からも立つ! 立っても勃つ!!
「さあ進むブヒ! 犯って、殺って、最後にはエルフのすべてを平らげてやるんだブヒヒー!!」
★★★
オークたちはナウスィーカ村の前で怪訝そうにしつつ立ち止まる。
「……カボチャ村?」
ご都合主義よろしく、異種族で共通する言語かつ文字で村の看板にそう汚い手書きで書かれてあった。
「これはいったい…村の家々が破壊され、あれは…畑?」
村の中央部にあった家は粉微塵に粉砕され、無理やり土を起こして開墾された様子があった。
エルフは畑を作らない。森を傷つけることを厭う彼らがやりそうなことではなかった。
「ま、まさか人間どもに…先を越され襲撃されたブヒか?」
食欲はともかく、性欲だけならばオーク以上の変態が人間と呼ばれる種族だ。
その異常性欲はオークすら恐れさせる。異種交配は当たり前、男女の垣根、年齢の垣根すら軽々飛び越え、欲望を満たすためには人形や家畜とだって寝る…彼らには擬人化という魔法まである。それが人間だ。
妄想は爆発し、なろう系小説の文字だけで御飯3杯はたやすく食べてしまう変態の中の変態。すべての性的欲求に応えられる従順な女性を妄想の中で生み出し、「○○は俺のヨメー」と身悶えられる!
確かにこの人間であれば、貧乳エルフとて余裕のヨルムンガンドでペロリンチョと、いやむしろご褒美ですと言いかねない…ゆえにエルフの村を襲った可能性は重々にしてある、そうオークキングの頭では推理が為されていた。真実はいつも変態一路だ。
「人間ごとき下等生物が!」
もう食傷気味のよくある台詞をオークたちは口にして拳を震わす。
もっと人間を侮辱するのに語彙とかあるんじゃないかなーと思うんだが、どうせそんなヒネった台詞をなろう系読者は求めていない。だから言わす。この下等生物めが!、と。
「ん?」
門の奥でジッとこちらを見ている顔があった。
「…人間? いや、同族か?」
オークたちはますます訝しそうにする。同族と思ったのは恰幅が自分たちによく似ていたからだ。
しかしそうでないのは、銀光りしている筒状の頭部で前後に揺れているコボルトキングの頭蓋骨があったからであろう。
「何見てんだバカヤロー!! 拝観料取るぞ!!」
その人物は真っ赤な顔をして怒り狂う。
「貴様!」
「オークキング様に向かって!」
「オークキングだぁ?! …お! 豚じゃん!」
怒り狂ってた男が急に笑顔となる。
「豚? …この誇り高き我々、豚人に向かってブヒ?」
“誇り高きなんちゃら”…なんで自分の種族にそこまで愛着わくんだか、見下す=意識高い系のキャラ設定付けのテンプレセリフを吐く。
「なんだかどこかでバカにされているような気もしないでもないが、我々を怒らせてただで済むとは思っておるまいブヒ」
「最近、豚肉喰ってねぇからな! ちょうど良かったぜ! ブッ叩いてやる! 今日は豚汁だ!」
──省略──
サイボーグが暴れ回り、オークたちはミンチになる。
ただそれだけだ。細かい描写など不要。一撃の元に叩き潰される憐れなオークたち。
仲間の死骸の真ん中に佇み、オークキングはフレーメン反応を起こしたネコのような顔をしていた。
「よーし! 鍋を持てい!」
サイボーグこと、ヤオキチの指示でエルフたちが慌てて大鍋を用意する。
「急げ! 急がないとオメェらもまとめて煮込むぞ!!」
村長らしき人物が「ひぃい」と情けない悲鳴を上げて水を鍋に流し込む。年寄でも関係ない。ヤオキチが言えばリウマチだろうが働かねばならないのだ。それがカボチャ村の鉄則である。
「な、なにを…」
「決まってんだろ! 豚汁だ! 豚汁を作る!」
ヤオキチは巨大な木ベラをオークキングに渡そうとする。
「え…?」
「作れ」
「エッ!?」
「作らねぇとオメェもこの中だぞ!!」
煮えたぎった鍋を指差してヤオキチが咆える。
○献立メモ『オークの豚汁』
・材料…オーク(30体)
うばいとったニンジン(適量)
うばいとったジャガイモ(適量)
うばいとったタマネギ(適量)
味噌っぽい何か(適量)
水(適量)
オークキングは頭にコック帽をつけさせられ、木ベラで豚汁らしきものを煮込む。ヘラを動かす度に、同胞の頭が代わる代わる浮いては沈み、オークキングを恨めしそうに見やった。
「こんな屈辱…ブヒ」
「バカヤロー! 黙って手を動かせ! クソ! なんかダシがたんねぇな! 鰹節もってこーい!」
「か、カツオブシ?」
長老がキョトンとした顔をすると、ヤオキチの拳が顔面に炸裂する。年功序列なんて関係ない。口答えは許されない。それがカボチャ村の掟だった。
「味噌汁は煮えたぎらせんじゃねぇ! 風味が飛ぶだろうが! 弱火にしろ!」
「弱火…」
そんなことを言われても、そもそも焚火の火を強くすることは簡単でも弱くするのは難しいだろう。
オークキングは燃えた薪をいくつか取る。燃えるものがなければ弱くなるだろうという考えからだが、大して火加減は変わらなかった。
「もっとだ! もっと弱く!」
ヤオキチは怒り狂う。
しかし風味もクソもなかった。なぜならば生のまま内蔵ごとブツ切りにされたオークたちを煮込んでいるせいで、腐ったような血生臭い激臭が辺り一帯に漂い、それが村の中にまで及んで、嘔吐するエルフたちのむせび泣く声がこだましているほどだったからだ。
「よーし。味見だ!」
オタマをボチャンと突っ込み、ヤオキチはズズズッとそれを飲み込む。
「うーん! 物足りねぇけど、うまい! 間違いなく豚汁だ!」
そしてズイッと汁をすくったオタマをオークキングに差し出す。
「え?」
「食え」
「エーッ!?」
仲間を調理させた上に食わせようとする、こいつは悪魔だとオークキングは思った。
「いいから食えー! 食えねぇってのか! この豚野郎!!」
豚野郎だからこそ食えないというのに、そんなことお構いなしにヤオキチは怒り狂う。
我が身の危険を感じたオークキングは、仲間たちに心の中で詫びを言いつつ汁をすすった。
「う、うんまぁあああいブヒィ!」
「だろ?」
うまい。うますぎる。こんなうまいものを食らったことがない。無我夢中で鍋を喰らう。
オークキングは涙した。同胞を喰らう悲しみなどではない。こんな身近にこんな旨い物があると知らなかった己の無知を恥じてのことであった。
「いい食いっぷりだな! よし! オメェは今日から豚汁王と名乗れ! 俺の料理人だ!」
「と、豚汁王…」
「まだこの豚どもはいるんだよな?」
「は、ハイブヒ! 生息地なら…よく存じておりますブヒヒ!」
ダララとヨダレをしたたらせ、同胞に味しめたオークキングは、まさに豚汁王と化していた。食欲が彼のすべてを激変させてしまっていた。
「ひ、ひどい…あんまりすぎる」
その光景を見やっていたパムがそう言うと、ヤオキチは鬼の形相で振り返る。
「恨むなら、こんな旨い食いモンにした神を恨め!」
「まったくブヒ!」
「亜人は食い物だぁ!!!」
──ヤオキチは条件を満たしたので、特殊スキル『トモグイーターLV5』を獲得しました──
──仲間『豚汁王』がパーティに加わりました──