第1話 八百屋、異世界へ行く…
なんだこりゃ…
なんで俺はこんな森ん中で寝てやがるんだ?
俺は確かあの馬鹿女の家で昼寝していたはずだ。
俺は…そうだ。あのヘンテコな床屋で科学者のクソジジイによってサイボーグへと改造された八百屋だ。
これもまたあのクソジジイの仕業か!
「またテメェの仕業か! 出てこい! 白木のクソジジイ!!!」
返事がねぇ。
クソが。またか。
また何かわけのわからなねぇトラブルに巻き込まれたってことか……
グー!!
チッ。寝起きだ。そりゃ腹が減っている…。
しかたねぇ。ちっと食えるもんでも探してくるか……
──彼の名前は八百屋 八百吉、60歳。性別は漢。
──自営業の八百屋を営み続け還暦を迎え、45口径キャノン砲一門を装備されたサイボーグである。
──そして、史上初、還暦すぎたサイボーグにして異世界転移を果たした主人公となる。
──色々ツッコミどころは満載ではあるが、これはそんな彼のステキなステキな物語である……
★★★
──人間を恐れなさい。
それが死んだ彼の母親の遺言だった。
だが、パムにとって、彼ら森人からすれば他の亜人種は全部恐怖の対象だった。
心臓が早鐘を打つ。ひたすら森の中を逃げ回っている。森の中を歩くのはなれていた。だが、いまは方向感覚がひどく狂い、どこへ逃げれば正しいのかも解らなかった。
「父さん。サリサ…」
家族は無事だろうか。無事に逃げ出せただろうか。
振り返り、村のある方を見やりたい。ここから見えるわけもない。だがもしかしたら何か手掛かりのようなものが得られるかもしれない。だが、恐怖がそれをすることを妨げていた。もし追っ手が見えてしまったら足がすくんでしまいそうで…
「なんで…ボクたちがこんな目に…なにも、なにも悪いことなんてしてないのに…」
そうだ。彼らエルフは森で大人しく細々と自給自足の生活を送っていた。
他種族と決してかかわらず、交わらず、迷惑もかけたくないが、かけられたくもない…そんな人畜無害な種族だ。
老いても美しい見た目に変化がない。そういう種族特徴から、たまに人間や豚人が森人狩を行うことはあった。
しかし、今回襲ってきたのは犬人だ。腹を空かしている時は他種族を襲うときもあるが、こうやって組織だって攻撃してくることは初めてのことだった。
そして、犬人の厄介な点はその優れた鼻だ。ハンターとしてこれ以上、厄介な存在もいない。
「うわッ!」
ドン! 何か硬いものにぶち当たり、パムは大きく尻もちをついた。
「あ…あわわわ…。お、オーク」
「あーん?」
それはパムには豚人のように見えた。
だが、すぐに違うと気づく。まず臭いが違う。肉食種特有の臭みはあるが、豚人ほどキツくはない。
太めな体型ではあるが、豚人ほどではない。何よりも胴体をフルプレートメイルで覆われ、それは人間が着るもののように思われた。
そして、何よりも頭頂部につけた筒状のものだ。鉱物で造られているのは解るが、とても兜のようには見えない。なぜならば頭頂だけしか守れなさそうだったからだ。
「どこに目つけてんだこのクソガキャー!!」
「ヒィイイイ!!」
開口一番に怒鳴られる。こんな経験はパムには初めてのことだった。
「それになんだその耳は! 耳だけ反抗してやがんのか!!! バカヤロー!!!」
エルフ的特徴である三角の長い耳を掴まれる。ここは彼らにとって急所だ。逃げ出したくとも逃げられなくなる。
「ぼ、僕はエルフ…です!」
「エルフだぁ? なんだ、エルフって!? L字フックの略か!?」
意味のわからないことを叫ばれ、頭を鷲掴みにされて左右に振られる。
「ち、ち、ち、ち、ちがいまーす!!」
グウーッ!!!
ドラゴンの咆哮が聞こえた。いや、違う。パムの目の前のヒューマンの腹の虫が鳴った音だ。
「俺は腹が減ってんだ!! 食い物をよこせ! よこしやがれ!!!」
「た、た、食べ物ですか…む、む、村に帰れば…」
「村!? 村があるのか!? どこだ!? 村の食料を喰い尽くしてくれる!!」
「え、ええー!? で、でも、今はそれどころじゃなくて…」
「うるせー! 案内しろ! さっさと案内しろ!! 案内しないならテメェをボッコボコにする!!」
「ヒィイイイ!!!」
★★★
「犬人王様。村の制圧は完了しました」
「うむ。ククク。我らの手にかかれば赤子の手をひねるようなものよ」
村の中央に陣取り、悠々と椅子に腰かけるひときわ大きく立派な王が犬歯を見せて笑う。
「…子供が一匹逃げたようですが」
「捨て置け。どうせ助けを呼びにいく相手もおるまい。野たれ死ぬだけよ。のう、村長」
「…ぬぬぬぅ」
縄で括られた村長が睨みつけてくる。
村人の中で一番齢をとっている。老いても容姿はほとんど変わらないはずなのに、すでに999歳となった村長は頭髪がすべて抜け落ち、シワだらけで、鼻毛と髭がゴチャマゼになった白い髭が地面にまで垂れている。
「お、俺たちをどうするつもりだ!」
「…ククク。それはだな」
そう言ってコボルトキングはピタッと止まる。
そういえば、どうして俺たちはコイツらを襲撃したのだろうか。それを思い出せない。
「そんなことはお前たちが知る必要のないことだ!!」
「…輪姦されるのよ。輪姦されるのよ。ヒヒヒ」
一人の薄ら笑いを浮かべた暗いエルフがブツブツとそんなことを言う。
「そんな気持ちの悪いことをするか! バカにするなぁ!」
コボルトが怒り狂う。他種族交配は禁忌だ。コボルトは特にそれを嫌う傾向にある。
「とりあえずお前らは終わりだ。終わりなの…」
人の気配を感じ、コボルトキングは正面に向きなおる。
そこには怯えたエルフの少年がいた。
「ほほう。これはこれは…まさか仲間たちを助けにきたと…ん? それはオークか? いや、違うな。ヒューマンか?」
少年の横に立つ、人間を見やってコボルトキングは目を細める。
「パム!」
「お兄ちゃん!」
パムの父と妹のサリサが声を上げる。
「スケットを呼んだということか。ククク、しかしそれがヒューマン1体とは我らもナメられたものだ…ククク」
コボルトキングは笑う。総勢50名からなる彼の手下も合わせて笑っていた。
「なんだ! なんで柴犬が2本足で立って喋ってやがんだ! バカヤロー!!」
「シバイヌ?」
人間の目には、コボルトキングを始め、コボルトたちは柴犬に見えていた。黒柴というヤツだ。
「コラー! L字フック! そんなことよりも食い物はどこだぁ!?」
「…む、村の食料は…共有の食料貯蔵庫に…」
パムはコボルトキングの後ろにある大きな建物を指差す。
「そうか! あそこか! どけ! イヌコロが! 蹴り飛ばすぞ!!!」
コボルトキングの顔がみるみるうちに歪み、眉間にシワを寄せた。
そして立ち上がる。それは巨大な体躯だ。エルフの風魔法も受け付けぬ強靭な鍛え上げられた身体。引き締まり、多くの傷が歴戦の覇者を思わせ、多くの戦士たちを見ただけで震え上がらせた。
「ヒューマンは感覚能力が低い。彼我の戦力差も解らぬとは…まったくもって滑稽!」
「烏骨鶏だ!? 大好物だ! 焼き鳥にして喰ってやる!!」
何を言っているかさっぱり解らない。ヨダレをたらして血走った目をしている。飢えたコボルトの上位種、戦狼人でもこんな風にはならない。
「…コボルトキング。もしや、これは狂戦士という奴では?」
「可能性はなくはない」
「バサ…? ああ、馬刺しか!? それも大好物だ! 喰ってやる!!」
「残念だが、人間よ。お前は食い物を食べることはない。なぜならば俺にここで殺され…ンゴォ!」
人間の拳がコボルトキングの顔面にめり込む。
「うるせーッ!! 喋るな、イヌッコロが!! それに人間だなんて呼ぶな! 俺は八百吉だ! ヤオキチ様と呼びやがれ! やっぱ呼ぶな! テメェは犬だ!! 犬畜生だ!!」
ここで説明しておこう。ヤオキチはサイボーグである。その拳の威力は30年鍛錬した武道家のそれに匹敵する。
そしてそれ故に、コボルトキングは一撃で瀕死の重傷を負った。彼の800あったHPはいまや5である。会心の一撃でもないのに795のダメージを与えたのだ。
「こ、殺せぇ!!」
コボルトが一斉に襲いかかる。いくらコボルトキングを一撃で倒したとはいえ、まだ50匹も仲間がいるのだ。
「しゃらくせぇ!」
チュボーーンッ!!
ヤオキチの頭上の大砲が火を噴いた!!
「「「エッ?!」」」
彼らはそれが単なる威嚇のための兜の装飾品だとばかりに思っていた。
しかし、コボルトたちに向けて真っ赤な弾頭が放たれ、地獄の業火で一気に焼き尽くす!
コボルトA:HP250→0 OVER KILL!
〜中略〜
コボルトAX:HP250→0 OVER KILL!
敵全体に大ダメージ! 敵全滅!
「カーッ! ベッ!!」
ヤオキチはタンツバを吐く。
エルフたちは皆、呆気に取られていた。
村長だけが感動に打ち震え…いや、元から老化の影響で小刻みに震えていた。
「ま、ま、魔法じゃ! これは間違いなく伝説の勇者しか使えぬと言われる火炎魔法の極意! “ボルケーノエクスプロージョンフレアメガインパクトダイレクトドライブベータマグマ”じゃあー!!」
「勇者!? 本当ですか!? 村長!!」
「間違いない! 勇者様じゃあー!」
「でも、ハゲてますよ!」
「うるせぇ! ワシだってハゲとるわ! ハゲが勇者になっちゃいけねぇ法律でもあんのか!」
村長は村人に頭突きをかます。
村長は村で一番偉かった。なぜならば長生きしたからだ。だが長生きして、仮に認知症が入っていても誰も止められなかった。それは彼が村長で一番偉いせいだ。だから彼が村人に暴力を振るっても容認されていた。無駄に長生きしたせいで偉くなったからだ。
「勇者様ぁ!!」
「うるせぇ!! クソジジイ!!」
「へ?!」
「俺は勇者なんかじゃねぇ!」
「……ま、またご謙遜を…」
「違うってんだろ!」
灼熱で赤くなった砲身を向けられ、村長は鼻水を垂らして押し黙る。
「じゃあ…」
「見りゃ解るだろ! 八百屋だ! どこをどう見ても八百屋だろーが!!」
どこをどうみたらそんな要素があるのかエルフたちは解らなかった。
しかし世間から隔離された生活を送っていたヒューマンの生態を知らなかった。だからこそ、頭に大砲がついていることこそ八百屋の証なのだと思う他なかった。
「さあ、L字フックのクソガキ! さっさと食料貯蔵庫とやらに案内しろ!! 進め! 足を止めるんじゃねぇ!」
焼け焦げたコボルトの遺骸を蹴り飛ばし、ヤオキチはズンズンと進んで行く。
そして彼らは食料貯蔵庫に入っていった。だが5分もしないうちに怒り狂って出てくる。
「ふざけんじゃねぇ! なんでキノコやドングリばっかなんだ!! テメェらはリスか! バカヤロー!!」
パムの首根っこを掴んでヤオキチは振り回す。
「野菜だ! 野菜を喰わせろ! カボチャは! トマトは! ニンジンは! どこだ!!」
「ぼ、僕らは森の恵みしか口に…」
「なんだそりゃ! なら何か! 八百屋には恵みがねぇってのか!! 八百屋は恵みだらけだ! カボチャはな、"かろてん"とか"DNA"とか…えっと、なんだっけか、"へもぐろべんA1H"とか! 眼にも、体にも、心にも良い万能野菜なんだぞ!! カボチャさえ食ってれば間違いねぇ! 医者が言ってた! テレビでも言ってた! タバコ屋のババアも言ってた! 間違いねぇ! バカヤロー!」
パムをシェイクする! シェイキングしまくる!
「肉は! 肉はどこだ!!! 肉を喰わせろ!!!」
「え、エルフは肉も食べ…」
「肉も食べねぇとはどういうことだ! ベジタリアンなのか! ベジタリアンなのに野菜もねぇのか! どーなってんだ、L字フック! テメェの村は!!」
「……ククク。ど、どうやら我々を倒したことで…いい気になっているよう…だな。“ヤオキチ”とやら」
倒れていたコボルトキングが血反吐を吐きながら言う。
「あの“御方”にこのことが知れれば…貴様もただでは…」
「……犬の赤肉ってそういや喰えるんだよな」
★★★
○献立メモ『コボルトキングのごった煮』
・材料…コボルトキング(1体120kg…複数回に分けて入れる)
よくわからんキノコ(300g)
よくわからん木の実(150g)
よくわからん山菜(適量)
岩塩(適量)
水(8L)
火にかけた鉄鍋から激臭が漂う。ろくに血抜きもしていなく、解体したコボルトキングのブツ切りを突っ込んだからだ。
普段肉を食わないエルフたちは、その残虐な光景に目を背け、鼻をかばい、口元を抑え、ひたすら青い顔をしたまま耐え続けていた。
「んー、肉が固えな。マズイ! ひたすらマズイ!」
文句を言いながらもガツガツと平らげるヤオキチ。
「…あ、亜人種を食べるのに抵抗は…ないんで…うっぷ」
「コイツは犬だろ!? なんだ“鯵”って! 鯵には見えねぇな! あ、味か! 味は最悪だ! だから何の問題もねぇ!」
「いや、犬を食べるってのも…」
「コイツは“コンポート”っーんだろ! 犬じゃねぇ! だから何の問題もねぇ!」
「…コボルトです」
「グダグダうるせぇ! そうだ! オメェたちも喰え!!」
「「「エッ?!」」」
「いいから喰え! 喰わねぇから全員貧相な身体してんだろーが! L字フックどもが!!」
そして縛られている村人たちに、コボルトキングの肉を無理やり喰わせる。
…そう。生き残るために。これは生存するための食事なのだ。
──コボルトキングとコボルト50体を撃破を確認しました。ヤオキチのレベルが1→29レベルにアップしました──
「あん?」
──条件を満たしたので、特殊スキル『トモグイーターLV1』を獲得しました──
「うるせぇ! バカヤロー!!」
こうして、異世界に転移したステキなステキなヤオキチのほのぼの系スローライフが幕を開けたのであーーった!!!




