第一章 3
教室の小屋に入って周りを見渡すと、健人の通っていた学校とはあまりにも違うことばかりだ、木で出来た机や椅子、と言っても椅子には背もたれはなく、机となる大きな箱と小さな箱があるだけで、黒板も無く壁に貼られた紙のような物には見たことも無い文字が書かれている、その文字はあの本に書かれていた文字や記号で英語とは違う言語なのだが、あの時は意味不明の文字の羅列にしか思えなかったのに、今は読むことが出来るし意味も理解できる。
そして何よりも不思議なのは頭では日本語で考えていると思っているし、自分が健人であることも、健人としての記憶もあるのに、今朝目が覚めてからは日本語で話していないし『健人』という自分の名前の漢字二文字ですら思い出すことが出来ないことだった。
生徒たちが各々の決められた席に着くと健人は空いている椅子に座った、先生と思われる大人が手に持った木の板を叩きながら小屋の周り歩いて回り、そのうちの一人が教室に入ってきて授業が始まった。
健人は手ぶらで登校していたことに気づいたが、ジルやバルマ、そして他の生徒も同じで、始まった最初の授業も教科書は無く、先生が黒板の代わりに使っている大きな紙のようなものに炭のようなもので数字と思われる文字というか問題のようなものを書いていく、もともと数学は苦手ではなかったが先生が書いている問題をよく見ていると、それは小学1年生ぐらいで教わる算数の問題で、健人が次々とそれらの問題を解いていくと他の子たちは不思議そうな顔で健人を見ていた。
40分ほどで授業が終わって休み時間になると、ジルとバルマだけでなく、教室にいるほとんどの生徒が健人の周りに集まってきてジルが健人の額に手を当てた。
「おい、どうしたラミル、まさか変な病気になったか?大丈夫か?」
「そうだよな、ラミルが問題をあんな簡単に答えてしまうなんて変だよ」
「勉強が嫌いで、今までほとんど解けたことなかったのに、何かおかしいよな」
同じ教室にいる誰もが、ラミルが出題された問題を普通に答え、しかも正解したことを不思議に思い、何かとんでもない病気にでもなったのではないかと思っている。
「う、うん、今日はなんとなく答えが頭に浮かんできたんだよな、あはは、どうしたんだろう」
なんとか誤魔化す言葉を考えたが、こんな返事しかできなかった。
わずかな休み時間が終わって木の板を叩く音が響いた、次の時間は歴史の授業で、授業の始めに手書きで書かれたような教科書が数人に1冊の割合で配られた、もう何年も使い回しで使っているようで綺麗ではないが落書きはない、健人の想像では歴史の教科書といえば見覚えのある偉人の顔写真などが載っているものだと思っていたが、写真どころか挿絵すら無く、国の歴史が浅いのか本に書かれていることも少なくて本自体の厚みも無いが、それでもこの本を読めば、何ていう国のどの時代に来たのかわかるかもしれないと思った。
歴史の授業が終わって昼休みのような少し長い休み時間になった、教科書も持ってきていないが昼ご飯の弁当も持ってきていない、みんなと同じように席を立たずに待っていると、数人の大人たちが教室に入ってきて、硬いパンのようなものと、見たこともない野菜が入ったスープが出てきた。
量はそれほど多くないが見た目もそれほど不味そうではない、朝食抜きで腹を空かしていた健人はあっと言う間に食べ終えた、もちろんおかわりなんて無い、周りの子たちもすぐに食事を終えると外へ遊ぶために出ていってしまったが、健人は歴史の授業で使っていた本を先生に借りておいたので、すぐに読み始めた。