第一章 1
「ラミル、いったいいつまで寝ているつもりなの、早く起きて支度しないと学校に遅れるわよ」
健人は聞きなれない女性の声で目を覚ました、やや硬いと感じるベッドに横になっていて、まだなんとなく意識がはっきりしないが、変な本を図書館で見つけて手に取り、体の自由を奪われて倒れたことを思い出した、きっとそのまま病院に運ばれたのだろうと思ったのだが、寝ぼけまなこで辺りを見回してみるとどう見ても病室とは思えない造りの部屋で、横になっているベッドも病院にあるようなパイプのベッドではない。
「早く起きなさい、何やっているの」
そう言いながら赤茶色の髪の女性が部屋に入ってきた。
「ラミル、何やっているの、早くしなさい」
周りの景色に見覚えのないこと、そして自分を起こしにきたその女性にも見覚えはなく、不思議に思いながらゆっくりと上体を起こすとその女性に言った。
「僕はラミルなんて名前ではないですよ、おばさんはいったい誰ですか?ここは何処ですか?」
「何を馬鹿なこと言っているの、寝ぼけているの?いい加減にしなさいよ、レイラはとっくに支度ができているのよ、あなたもさっさと支度をして学校に行きなさい」
女性はさらに怒った口調で健人の腕をとってベッドから引きおろすと部屋から出ていった。
健人には何が起こったのか、ここが何処なのかさっぱりわからなかった、今の女性はいったい何者なのか?僕のことをラミルと呼んだ、そのラミルというのは誰なのか?レイラとは?夢を見ているのではないかと頬を抓ってみた。
「痛いっ!これは夢じゃない、僕は健人じゃなくなってしまったのか?」
混乱した頭で何も考えられないままつぶやいた。
「早くしなさい、あなたのせいでレイラまで学校に遅れるじゃないの」
女性の声はさらに大きくなり、かなり怒っているようなので慌てて部屋から出てみると、4人掛けの木製のテーブルが置かれたダイニングのような部屋に出た、部屋には電気の照明は無く、蝋燭の明かりと窓から差し込む外の光だけで、部屋の奥にある台所のような場所にはさっきの女性が立って食器のようなものを洗っているが水道の蛇口は無く、横に置かれた大きな瓶に汲まれた水が入っているのか、その女性は手桶のようなものを使って瓶から水を汲んで食器を洗っている。
女性の立っている横に木をくり抜いたような小さな桶が置かれている、その桶には既に水が入れられているようなのでそれで顔を洗うのだろうと思い、見たことの無いその原始的な光景の部屋に驚きながら桶の前に立つと水に映った自分の顔を見て驚いた、瞳は薄い青色で髪は茶色、鼻が少し高くて、どうみても日本人には見えない別人の顔がそこに映っていて、その驚きに思わず声を上げた。
「だ、誰だ、これ、僕じゃない・・・」
「ラ~ミ~ル~、いい加減にしなさいよ!いくら勉強が嫌いで学校に行きたくないからって、そんなこと言っても嘘だってわかっているからね、早くしないと本当に怒るわよ」
きっと悪い夢を見続けているのだと思ってみたが、さっき頬を抓ってみて痛かったのだから夢ではなく、何がなんだかさっぱりわからず頭の中がますます混乱していくばかりで、それでもとりあえず顔を洗ってテーブルへ行くと、すでに食事は片付けられていた。
「時間が無いからラミルは食事抜き!さっさと着替えて学校へ行きなさい」
テーブルのそばには民族衣装のようなかわいらしい服を着た幼い女の子が立っている、その髪は眩いほどに美しい金色で、瞳は深く澄んだ青色をしている、顔立ちはさっき水に映っていた自分に似ているから、この子はおそらく妹で、怒っている女性が母親なのだろうと思った。
母親と思われる女性が、さっきからレイラと呼んでいたことを思い出して声をかけてみる。
「レイラ、おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん、早く行こうよ、遅れちゃうよ」
そう言って服を引っ張る、やはり妹のようだ。
無意識に出た言葉が日本語ではなく、そしてレイラから返された言葉、そしてさっきまで母親と思われる女性と会話していた言葉も日本語ではないことは理解できた。
レイラの着ているものが変わった服装だと思いながら周りを見てみると、隣の椅子には母親が用意したと思われる服が置かれている、レイラが着ている民族衣装のような物ではないが、あまり手触りのよくない布で出来た頭から被るような上着と、柔らかい皮で作られた膝丈のズボン、椅子の足元には皮で出来た短いブーツのような靴が置かれている、ここに用意されているということはこれに着替えろということだと思い、急いで着替えてブーツに履きかえると、扉の前で待っているレイラの手を取って外に出た。




