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俺の妹が国宝な件

作者: 下田 暗

午前 7時。


4人家族の近衛このえ家では、毎朝と同じように少しだけ騒がしい日常が流れていた。


「それでは、次のニュースです。

本日、7月14日。

90歳の花澤はなざわ 幸子さちこ様が、お亡くなりになりました」


近衛家では、いつものように朝流しているニュースが居間で流れていた。


「あ〜、幸子さん亡くなってしまったのか……」


ニュースを見ながら、朝食を取っていた近衛家の大黒柱、近衛このえ 裕次郎ゆうじろうは、悲しげにそう呟いた。


朝の悲しいニュースだったが、幸子さんは特に芸能人と言うわけでは無く、ただの一般人だった。


しかし、ニュースには取り上げられ、そのニュースは他の衝撃的なニュースよりも世間的には、大きな注目度の出来事だった。


「あらま、幸子さん……。

去年は、とても元気そうだったのにね……」


ニュースが流れ、旦那の裕次郎の声が聞こえたのか、台所に立っていた近衛家の母、小百合さゆりは、家事を一時的に中断させ、台所から出てきていた。


小百合も裕次郎と同じように、悲しげにそして、幸子の事をよく知っている様子で、その事を話した。


ただの一般人だった幸子のこんな事を小百合が知っているのは、普通であれば、常識であれば有り得ない事だったが、幸子は一般人でありながらも、テレビに何度も出たことがあり、密着番組や特番が組まれる程の知名度だった。


その為、一般常識とまでは言わないが、小百合の様に幸子の事をよく知る人物は、それなりの数がいた。


そして、一般人である幸子がここまでの知名度を持ったのは、大きな理由があった。


「幸子さんの死去により、世界で兄を持つ妹は、実質的にたった1人となりました」


幸子が何かを成し遂げた訳でもなくて、芸能人の訳でも無いのに、ここまで知名度を獲得したのは、一重に兄を持つ妹である事が、1番の理由だった。


突如として、世界に新種のウィルス、『アネーバ』により人類は、妹という存在を失いつつあった。


アネーバは恐ろしいウィルスであり、全人類が既に感染しており、アネーバに感染した者は、子をなす際に、男性をみごもった際、それ以降子をみごもっても男性しか、産まれることが出来ないというウィルスだった。


そして、そのウィルスが最終的に招いた事は、実質的に兄を持つ妹という存在の消滅だった。


「いや〜、幸子さんのこの報道を聞いた時は、ホントに悲しかったですよ〜ッ!!

世界の妹ですからね〜〜。

今は、幸子さんに全人類の男性をお兄ちゃんにしてくれてありがとうと言いたいです」


幸子の死去のニュースで、番組は盛り上がっており、ニュースにゲストとして現れていた、男性の1人がとんでもないコメントを残していた。


「このコメンテーターは朝から頭おかしいのか??

お兄ちゃんってそんないいもんかね……」


ニュースのコメントが流れてきた事で、家族と共に食卓を囲う、近衛家の長男、近衛このえ たかしは、つまらなそうにそう呟いた。


「あ、コラッ! 隆ッ!!

お前は、自分の恵まれた境遇をもっと自覚した方がいいぞッ!

そんな言葉……、間違っても外で…………、ましてや香夜かやの前で言うんじゃないぞッ!?」


隆がつまらなそうに呟くと、今までニュースを見ていたはずの裕次郎が隆の方へと視線を向け、強い口調で、諭すようにそう告げた。


「お、お父さんだってな……。

お父さんだって! 実妹が欲しかったッ!!

だから、こうして年下の女房さんを貰ったんだッ!!」


「お、親父……、止めてくれ、実の息子の前でそんな事言うの……」


裕次郎は熱くなり過ぎたため、途中涙ぐむようにしながらも語り、そんな妹が出来なかっただけで、大の大人が涙を見せる姿を見て、隆は心底情けなく感じ、これ以上は見るのも耐えられなかった。


「ま、まぁまぁ、お父さん……。

隆もお父さんの言ったように、香夜にそんなこと言っちゃ駄目よ?

あ、あとそれと、香夜はどうしたのかしら……」


小百合は朝から涙ぐむ裕次郎を慰めるように、優しく微笑みながらそう告げた後、思い出したかの様に、近衛家の2階へ上がる階段へと視線を向け、香夜の姿を探した。


「アイツならまだ寝てるんじゃないか?

寝坊常習犯だからな」


「あら〜、またぁ〜〜?

ちょっと、隆起こしてきてよ〜〜」


「無理、俺、今日日直……。

じゃ、もう出るからッ」


隆は心底冷たく、小百合の頼み事だったがそれを拒否し、簡単に朝食を済ませると、準備した荷物を持ち、そそくさと居間から出ていった。


「もうッ、隆ったら〜〜……」


「ほっとけ、小百合……。

周りから妹がいていいなとかって持て囃されて、ちょっと嫌にもなってるんだろ……」


「えぇ〜〜、そんな事でぇ〜??」


「そんな事でも、思春期の男の子には結構嫌なもんなんだよ。

何しろ、隆はお父さんの子だしな。何となくよく分かる……。

だがな、隆……、それもこれも全てを抜きにして、お前は羨ましいッ!!」


香夜に対して冷たい隆の心をよく分かっている様に、全てを悟ったように裕次郎はそう告げ、小百合はそんな思春期の男心が分からないっと言った様子で、ため息を付きながら、香夜を起こしに2階へと向かっていった。


近衛このえ 香夜かや


香夜はこの日から、遂に世界でたった1人の兄を持つ妹となった。


◇ ◇ ◇ ◇


中須なかず高校、通学路。


少し遅い、後数分遅ければ遅刻になってしまう程の時間。


時間的には余裕は無いものの、まだまだ沢山の学生が自分の高校へと通学をしていた。


そして、その集団の中には、香夜の姿もあった。


「お〜〜いッ! 香夜ッ!!」


香夜が通学をしていると、不意に後ろからこちらに掛けてくる足音と、名前を呼ぶ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、綾音あやね〜〜ッ!」


香夜は声のする方へと、視線を向けるとそこには友人である綾音の姿があった。


「おはよッ! 香夜〜」


「うん! おはよッ」


友人である2人は、綾音が香夜のすぐそばまで来ると、仲良しげに挨拶を交わした。


「ねぇねぇ、香夜〜〜。

今日の朝のニュース見た??」


「あぁ〜〜、あれね。

見た見た、ホントいい迷惑だよ。

世界にたった1人の妹なんて…………。

実際には、姉を持つ妹だっている訳だから、1人じゃないし…………」


ニヤニヤと笑みを浮かべて話す綾音に対して、香夜はもううんざりといった様に呟いた。


「アハハハッ!!

やったじゃん! 前よりもモテモテだったけど、更にモテちゃうんじゃない?

見た目も可愛いしね〜〜、理想の妹じゃん!」


「勘弁して……。

皆、妹っていうブランドに引かれてるだけだよ……。

やめて欲しいよ…………」


「ウチの弟も、今日、朝ちょっと元気なかったよ。

ウケるよ〜〜。そんなに妹って重要かね?

男にとって…………」


「知らない。

でも、いいんじゃない? なんだっけ? 妹属性って奴……」


綾音も香夜も、男心は全くわからなかったが、それでも妹が好きっていう男は一定数いる事を知っていた。


「でも、香夜のお兄さんはちょっと違うよね?

なんか、興味無いって感じ??」


「あぁ〜、兄貴ね…………」


不思議そうに隆の話をする綾音に対して、香夜は昔のことが甦った。


それは、昔の小学生の頃。


2人は兄妹にしては、かなり仲が良く、香夜と隆の後ろをいつも引っ付いており、今でこそ交友関係は別々になっていたが、昔は香夜の友達であったとしても、隆も交えて遊んだりし、その逆もまた然りだった。


しかし、それは今の冷めきった関係を見れば、面影は見る陰もなかった。


「でもさッ、兄を持つ妹が世界に1人って事は、妹を持つお兄さんもこの世に1人って事じゃない??

あんまり、女子の方では話題なんないけど、それはそれで女子ウケしそうだけどね?」


「う〜〜ん、まぁ、あの兄じゃね……」


「ひ、酷いな香夜…………」


香夜は少し考えたが、兄がモテない理由は直ぐに察しがつき、オブラートに包む事なく、辛辣に答えた。


2人はそのまま、楽しげに会話を楽しみながらも、学校へと向かい、そして直ぐに学校には着いた。


校門を抜け、そのまま校舎に入ろうとしたその時、香夜達に1人男子生徒が立ち塞がった。


香夜と綾音は足を止め、その男へと視線を向けた。


「近衛 香夜ちゃんッ!!

僕と付き合ってくださいッ!!!」


男はいきなり香夜へと頭を下げながら、大きな声で告白を告げた。


男の急な行動に、周りの生徒は何事かとざわざわとざわめき出し、香夜達は注目を浴びてしまっていた。


「い、いや、ちょっと、こんな所で…………。

困ります……」


香夜は頭を下げてきた男を知っていた。


それは、バスケ部の主将を務める3年生の足立あだちだった。


足立は、バスケ部の主将で更にはイケメンという事もあり、女子からはかなりモテていた、その為、知名度は学校内では高く、香夜もよく知っていた。


「いや、今日、あんな事があったから……、早く行動しなきゃって…………。

頼むッ! 付き合ってくれッ!!」


足立は少し焦った様子も見せながら、耳まで真っ赤にしながら、告白を続けた。


「い、いや無理ですよ……。

私、先輩の事よく知らないし…………。」


香也は困った様子で、申し訳なさそうにしながらも、丁寧に断りを入れていく。


「だ、大丈夫ッ!

これから知っていけばいいさッ!? なッ?

まずは、お兄ちゃ……、お友達からでいいからッ」


足立の不穏な言葉が一瞬聞こえ、香也は嫌な予感を感じたが、いきなり話したことの無い、男性から告白された時点で、なんとなくソレが原因になっていると、理解できていた。


香也は相手が年上の、しかもこの学校では、それなりの人気のある男子生徒という事もあり、強く断れず、助けを求めようと隣の綾音へ視線を向けるが、綾音も苦笑いを浮かべるだけで、どうしていいかわからないといった様子だった。


「ちょっと待ったッ!!」


校内に入ったところで、そんなやり取りを香也達がしていると、不意に足立とは別方向から、違う男性の声が上がった。


香也達はやり取りの最中ではあったが、大きな声に釣られるように、声のした方向へと視線を向けた。


するとそこには、二人の、またもや香也よりも年上な、上級生の男子生徒の姿がそこにあった。


「ね、ねぇねぇ、香也……?

私、もうなんとなく展開読めるんだけど、私じゃ力不足だから、先に教室戻ってもいいかな??」


「ダメ、絶対」


既に巻き込まれつつあったが、問題事が更に大きくなっていくように予感した綾音は、自分だけそそくさと、その場から逃げようとしたが、香也はそれを絶対に許さなかった。


「足立!!

お前、抜け駆けするとは…………」


「今や世界でたった一人となった、みんなの妹、香也ちゃんを独り占めしようとはなッ!!」


二人の男子生徒は、足立を非難するようにして、足立の告白をわざと妨害していた。


香也達の前に現れた二人の男子生徒も、足立同様に学校ではそれなりに有名であり、女子から人気がある二人だった。


片方は、足立と同じスポーツで優秀である佐々ささき、もう一人の田辺たなべ、学年模試で一位を常に取る秀才であった。


「佐々木、田辺…………。

クソッ……! もう嗅ぎ付けてきたのか……」


「この卑しいロリコンめッ!!

卑しいだけは無く、卑怯な手も使い始めたかッ!!」


「田辺……、こいつどうする……?

いっその事、ここでやってしまうか……?」


抜け駆けして、香也に告白した足立は悔しそうに呟き、そんな足立を非難するように二人は、彼を罵倒し、だんだんと香也達の周りは混沌とし始めていた。


校内の開けた目立つ場所で、こんなやり取りをしていれば、どんどんと注目を浴びていき、わざわざ足を止め、香也達の揉め事を野次馬する生徒も多数、見受けられた。


流石にこのまま、足立達に絡まれるのは香也達も御免だった為、最終的な手段として、ダッシュで逃げる事も視野に入れ、足立達がいがみ合っている、今この瞬間のどこかで、抜け出す事を考えていた。


「綾音? 走れる??

まぁ、走れなかったら置いてくけど……」


「置いてくって酷いなぁ~……。

いつでも、私は大丈夫だよ!

ってゆうか、私は走って逃げる必要無くないッ!?」


綾音は途中で正論に気付き、口にしたが、香也はそれに関しては何も言わず、つべこべ言わずに付き合えと言った姿勢で、反応する事は無かった。


そして、何故か程々の緊迫感を綾音と香也は、感じながら機会を伺い、その瞬間はすぐに訪れた。


しかし、香也は「走るよ」と合図を出そうとしたその瞬間、何か黒い物体が校舎から飛来し、程よくスピードの乗ったその物体は、足立の後頭部へと直撃した。


「イタッ!!」


こつんと飛来した物体は、足立へと直撃した後、地面へと転がり、直撃した足立は、思わず声を漏らし、当たった後頭部をさするように手を持っていき、更に地面に転がった物へと視線を向けた。


足立の後頭部を襲ったそれは、黒板消しであった。


意図的に、足立を狙い黒板消しは校舎から投げられ、見事にそれは足立の後頭部へ当たり、地面へと転がっていた。


足立は次に、黒板消しが飛んできたと思われる方向へ視線を向け、犯人を捜そうとキョロキョロと校舎を見渡した。


すると、意外にも犯人は時間を掛けずにあっさりと見つかった。


「あ……、出たなぁ~、現役お兄ちゃんッ!!」


足立は犯人らしき人物を見つけると、その人物に視線を向けたまま、良く通る声で呼びかけた。


「変な呼び方やめろ」


足立が飛ばす視線の先には、校舎の三階の窓から足立達を見下ろす、隆の姿がそこにあった。


隆は面倒そうにしながらも、絡まれた妹、香也に助け舟を出す様に、足立に黒板消しを投げつけていた。


「隆ッ!

お前、流石に黒板消しでも三階から投げられれば、超イテェんだぞッ!!」


「お前が人の妹にちょっかい出してるからだろ?

田辺も佐々木も、上級生が下級生囲むな」


「クッ……!

ここぞとばかりにお兄ちゃんムーブを見せつけてきやがる……」


「見せつけてねぇよッ!!」


田辺の言葉に、隆は全力で否定する。


「隆!! お前は恵まれているッ!!

妹……、しかも、実妹のいるお前には、俺たちの気持ちなんてわかるまいッ!!」


「知るか!!

それに、お前たちだって、生意気な妹を持つ、可愛そうな兄の気持ちなんてわかるのか??」


「クッ!! お兄ちゃん自慢かッ!? 他所でやれコノヤローッ!!」


隆の悲痛な叫びも、足立達には嫌味にしか聞こえず、隆の兄であるが故の辛さを、理解してくれる者は誰としていなかった。


「お前たちは、妹に理想を求めすぎだ!!

妹だったら誰しもが、お兄ちゃんの後ろを付いてきて、慕ってくれるとでも思っているのか?

こないだ無くなった幸子さんの実のお兄さん、今はもう亡くなられているが、敏夫としおさんが生前なんて言ったか知ってるかッ!?

私はお姉ちゃんが欲しかったですって言ったんだぞッ!?

現実の妹なんて、兄を蔑ろにして、都合のいい時だけ利用する、悪魔みたいな妹しかいないッ!!!」


「なッ!? お前、香也ちゃんの前でそんな事ッ!?」


隆は話している内に、火がついてしまい、日頃たまった鬱憤を晴らす様に、続けて話し続けた。


「香也、なんかお兄さん溜まってるね……」


「まぁ、結構意味も無く羨ましがられたりで、ストレス溜まったたみたいだしね」


校舎の三階と校門付近の校内で、口論がデットヒートしていく中、綾音はおろか、渦中の香也までも他人事のように、まるで隆を憐れむようにして、苦笑しながら、見世物を見る感覚で、それを見つめていた。

.

「いいかッ!? 妹というブランドに取りつかれた、哀れなお前ら! 

いい機会だから、お前らに妹と言うものがどういったものなのか、教えてやるッ!!」


「な、なにぃ……?」


隆と足立達三人のやり取りは、更に注目を集め、実際の兄の苦労を聞ける珍しい体験でも、あったため興味本位か、女子生徒も隆の話に耳を傾けた。


「まず、手始めにお兄ちゃんは我慢することが多すぎるッ!!

お風呂は優先的に、妹が先に入ることになってるし、お風呂待ちでやっと入れたかと思ったら、入浴後に楽しみにしていた俺のアイスを勝手に食ってるし!!

食い物関係の恨みは特に多いぞッ!?

そのたびに俺が文句を言うとすぐに、お兄ちゃんだから我慢しなさいって……、もう昔っからそうだッ!?」


「な、なんて器の小さい…………。

そんなアイス一つ我慢すればいいだろ……。

お兄ちゃんなんだから…………」


「ほらでたッ!! その言葉!! 何かあるとすぐそれだッ!

呪われている……、ホント悪魔的だなぁッ! その言葉ッ!! そして、文字列ッ!!」


「香也……、あんたお兄ちゃんになにしてるのよ……。

もう、我慢のし過ぎでおかしくなってるよ……?」


隆の鬼気迫る発言に、綾音はなんだか彼が可哀想に思えてきていた。


「ま、まぁ、偶にお菓子とかアイス盗むとかかなぁ〜…………」


「アンタ、それ止めなよ? お兄さんが可哀想だよ」


香夜は、少し分が悪そうに、綾音から視線を逸らしながら答え、綾音はそんな香夜に、ため息を付きつつ指摘した。


「え? でも、アイス盗んだくらいだよ??

あんなに根に持つ事??」


「知らないけど、蓄積されたものあるんじゃない??」


綾音はともかく、香也は渦中の人物であったが、今は兄、隆の参戦により一時的に蚊帳の外になり、まわりのギャラリーの生徒とさほど変わらない状況になっていた。


「それに、アイスエピソードはまだ終わらないぞッ!?

つい、最近の話だ。

冷蔵庫に俺の買い置きアイスが無い事が分かると、親のボックス複数アイス入りタイプに手を出し、一つ食べれば常習犯でバレるからってわざわざ二本も食べて、俺まで共犯にしたんだぞ!?

しかも、親父の物ならまだしも母親のを食べて!!

なんで、俺まで怒られなきゃいけないんだッ!!!」


隆はアイスだけの恨み話だけでも、複数あり、一度熱が付いた彼の不満話は止まることが無かった。


「あんた、どんだけお兄さん巻き込むのよ……」


「いやぁ~~、なんか私だけ怒られるのも癪じゃん??

しかもさぁ~、聞いてよ綾音! 

思い出しただけでも笑けてくるんだけど、兄貴の奴さぁ~~、必死に弁明してるのにまるで信じて貰えないの!

人が楽しみにしてるアイスを二つも一気に食べるわけないでしょッ!とか怒られててさぁ。

理不尽に怒られてる兄貴はいつ見ても面白いんだよねぇ~~」


「あ、あんた、悪魔ね…………」


当時の事を思い出したのか、香也はケタケタと笑いながらその事を楽しそうに話し、そんな香也を見て、綾音は若干引きながら呟いた。


「さっきから、お前の言うお兄ちゃんエピソードは弱いし、お前の器が小さいだけだろッ!!」


「なッ! 小さくないわッ!!

それに、これは下に弟、妹がいる者なら、共感してくれるはずだッ!! 

いつでも、お兄ちゃん、お姉ちゃんなんだからというあの言葉で片付けられる!

てか、お前らまとめて一人っ子だろッ!!」


隆の話を聞いても引く気の無い、足立達に隆も自分の意見を曲げる事は無かった。


しかし、今までの隆の必死な弁論に共感した者も多くなってきたのか、隆の話を聞き、うんうんと首を縦に振る生徒も何人か見受けられた。


「それにお前ら、妹と言えば、朝は優しく起こしてくれるとも思ってるんだろ??

そんわけあるかいッ!!

特にウチの妹に限っていえば、俺の方が起こしてるわッ!!」


「嘘つくんじゃねぇ! 朝は馬乗りで起こしてくれるまでがテンプレだろッ!!」


「ふざけんな!

しかも、俺が起こしたとしても、朝の寝起きは最悪だぞ??

せっかく起こしてんのに、勝手に部屋に入ってくんなだの、キモイだの……。

なんで、朝からキモイって言われなきゃなんないんだッ!!

それに、偶に俺が寝坊すれば、朝からかかと落としだぞ??

そんな起こし方あるか!?」


隆の話を聞き、もう何も言う事は無かったが、綾音は香也に無言で冷ややかな、引いているような視線を飛ばしていた。


「いや、ほら、朝から理不尽な対応受けてる兄を……ね??」


香也は苦笑いを浮かべながらも、同意を求めるかのように首を傾げ、綾音にそう告げた。


しかし、綾音の同意は上手く得られず、ただ無言のまま首を横に振られただけだった。


そうして、香夜の兄より早く起きた際の、ささやかな楽しみは否定された。


「朝からかかと落としでも良いだろ〜ッ!

妹から起こしてもらえるだけでも有難いと思えッ!!」


隆の悲痛な訴えも、妹という幻想に囚われた足立達の思考を変える事は出来ず、時間だけが奪われていっていた。


香夜は校舎に備えられた大きな時計へと視線を向けると、そこにはこれから急いで教室に向かわなければ、間違いなく遅刻扱いになる時間まで迫っていた。


「あ、やば…………」


香夜の視線に気づいた綾音は、香夜と同じく時計へと視線を向けており、現状の悪さから、思わず声を漏らしていた。


綾音の声からも、香夜は遅刻の恐れを改めて認識し、すぐに打開策を考えそれを実行する事を決めた。


それは、以前から香夜何度も使っていた、兄の隆からすれば邪道とも思える残酷な一手だった。


「もうッ! お兄ちゃんッ!?

朝から恥ずかしいから止めてよぉッ!!」


香夜は何時もよりもそれっぽく、可愛らしい妹を演じるように、周りに響き渡る程の声の大きさでそれを発した。


そして、香夜がその言葉を発すると一瞬にして辺りは静まり帰り、数分の間誰の声も上がらなかった。


数分後、静寂を勢いよく破るようにして、男達の怒号に似た大きな声が次々にあがった。


「くっそぉぉぉぉッ!! 隆めッ、羨まし過ぎるッ!!」


「頃せぇぇぇええッ!! あの3年の先輩を殺せぇぇぇ!」


足立達は勿論、今まで傍観していた生徒までも隆を強く非難し、隆よりも後輩である下級生ですら、隆に対して強く暴言を吐いた。


そして、次々に3階にいる隆の元へと走っていき、その姿は本当に隆を殺しかねない程の強いオーラを身にまとっていた。


「なッ! 香夜ッ!?

お前、またやったなッ!!?

ほらな? やっぱり妹なんて最悪だぁぁぁぁあッ!!」


隆は以前にも何度かこの手を食らっており、その度にシャレにならない程の仕打ちを受けていた。


経験がある隆は、すぐに逃げるように窓から姿を消し、先程まで香夜の周りにいたはずの多くの生徒は、殆どが居なくなり、穏やかな空気が流れていた。


「か、香夜……、お兄さん、死んじゃうよ??」


「いいの! いいの!

不運な目に合ってない兄貴なんて、兄貴じゃないからね〜……」


友人ながらも極悪非道な手を、躊躇なく下す香夜を恐ろしげに見つめながら綾音はそう尋ね、香夜はそれに対してニコニコと笑顔を浮かべながら、何ともないように答えた。


「私だって妹ってだけで、こんだけ色々巻き込まれて不運なんだよ??

私だけ不運だなんて、凄い理不尽じゃない?」


「いや、どうだろうか……?」


「理不尽だよッ!

第一、最近私に対して兄貴冷たいし、ムカつく……。

昔は優しかったのにさ…………」


香夜は何ともないように普通に会話をする感覚で、それを話していたが、それでも寂しさのような、悲壮感が漂っていた。


珍しい存在で、周りから持て囃される事で、やはり香夜と隆は普通の兄妹として過ごす事は難しくなっていていた。


その事からくる色々な障害に、隆も勿論香夜も色々な事を感じていた。


「出たッ、ナチュラルブラコン……」


「だからぁ! ブラコンじゃないってッ!!」


「はいはい。分かってる分かってる……。

何だかんだで、香夜はお兄さんの話題多いしね〜〜。

それに、文句を言いつつもハッキリとお兄ちゃん嫌いッ!とは言わないしね〜〜」


「だからぁッ!? 違うってッ!!

それに、お兄ちゃんなんて生まれてこの方、言った事ないよッ!

絶対無いからッ!!」


数分前とは落ち着いた校内で、香夜は顔を赤く染めながら、綾音のニヤニヤとしながら発する、イタズラな言葉に必死に否定し、2人はそのまま校舎へと向かっていった。

読んでいただきありがとうごさいます!

この作品を投稿する時も、書いている時も思っていましたが、これはどのジャンルに部類されるのでしょうか(笑)

1万文字近くもお付き合いいただき、ありがとうございました。

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