表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第4幕 紅葉狩 其の一

八卦は無縁塚に来ていた。

「いくら隙間の賢者の頼みといえどもこれは遠慮したいもんだ。」

荒涼とした風が容赦なく体を叩きつけ、派手な着物をバタバタと煽らせていた。

懐に手をやってありったけのお札があることを確認すると八卦は無縁塚に足を踏み入れた。

慎重に足を運び、らしくもなくきょろきょろとあたりを警戒しながら進む。

「なるほど、確かに戸隠そっくりだな。」

嫌な顔を隠そうともせず八卦は歩き続ける。

それもそのはず八卦の周りにはすさまじい妖気が立ち込めていた。

それは明確な悪意をもって八卦にのしかかってくる。

「あーやだやだ。こんなぶっ飛んだ化け物は博麗の巫女がやるべきだろう。」

独り言とは思えないしゃべり方で八卦は声を出す。

先程の「博麗の巫女」とは言うまでもなく博麗 霊夢…ではなく先代にあたる「博麗 靈夢」である。

幻想郷に現れて1ヶ月、いまだに初歩の初歩で八卦は勘違いをしていた。

ぶつぶつと愚痴を呟いていると不意に妖気の圧力が八卦を圧し潰すかのように強くなった。

「いよいよか…」

八卦はぶつぶつと呟いていたものを愚痴から呪文に切り替える。

呪文を唱えてしばらくすると空は暗くなり、暗雲からが炎が降り注ぎ始めた。

「こりゃあ間違いねえ、『彼女』だな。」

飛んで来た火の玉を結界で防ぎながら八卦は予想が的中したことを察した。

(まったく、外の世界で嫌な思いをして餓死しかけた甲斐があったもんだ。)

八卦は印を結ぶと高らかに唱えた。

「破・喝・命・水・王・大・合・行・勝・天・鬼・一・龍・虎!」

次の瞬間、八卦を囲うように水の柱が現れる。

火の玉は水柱に触れた傍から煙を上げて消滅していった。

「火の雨はこれで攻略だな。」

八卦は印を結び続ける。

「ナウマク・サマンダ。バザラ・ダン・カン!」

不動明王の真言を唱えて次の攻撃に備える。

「次は水だな。」

その声に反応したかのように洪水が襲い掛かった。

それはまさに竜が海上を滑るかのように荒々しく地面を抉り取る。

(さて、不動明王の不動っぷりがいかがなものか見せてもらおうか。)

八卦は腕を組むとその水を真正面から受けた。

激しい激流が八卦の着物を何枚か奪い取っていった。

顔の化粧も剥がれ落ち、その下にある整った顔をのぞかせていた。

しかし、八卦は動かない。

激流は3分程続いた。

やがて完全に水が止んだころ、八卦の目の前には般若の仮面を被り十二単を身に纏った女性が浮いていた。

その周りには暗雲が彷徨っている。

しかし、八卦の目はごまかせない。

その雲が妖気で出来ていることを見抜いた。

「やれやれだ…やっぱり間違いないようだな。『鬼女紅葉』、それとも『呉羽』とでも呼んだ方が正解か?」

鬼女紅葉。

長野県戸隠に伝わる伝説の鬼女だ。

妖術を使い、氷、火、洪水を発生させることが出来る能力を持つ。

彼女を討伐した平 維持は別所の北向き観音で17日もの間断食の願をかけ続けたという。

八卦も維持と同じく紅葉を討伐するために外の世界にある別所で17日もの間断食を続けていたのである。

懐から鈍色の光を放つ刀を取り出す。

「あんたも知っているだろう? 『降魔の利剣』だ。ちなみにあそこは温泉地でもあるからな。さて、温泉にも漬けた利剣のご威光はどんなものかな?」

紅葉は怯んだようにやや後ろに下がった。

「許さない…経基様も…冷泉天皇も…維持も!!」

お面の奥から怒りの怨嗟が聞こえる。

そのあまりの恨みに八卦は倒れそうになるのを何とか踏ん張る。

「物騒な女だ。」

八卦は利剣を右手で構えると臨戦態勢に入った。

左手にはお札を握りしめている。

紅葉は雲を八卦の周りに纏わせた。

雲の中からも恨みの声や悲鳴が耳に響く。

「勘弁してくれよ。俺はもう少し気楽に生きていたいんだ。」

八卦が利剣を一振りすると暗雲は白い雲に変わり消滅した。

「殺してあげる…貴方も!!」

紅葉は両手をあげると氷の球を飛ばし始めた。

八卦はその氷を気にする様子もなくゆっくりと紅葉に歩み寄る。

氷弾の1つが八卦の体に当たり、鳩尾を貫通した。

その衝撃で八卦の体は崩れ落ちる。

「ぐっ!」

白目をむきかけたが辛うじて、耐え抜いた八卦はかッと見開いた目に灼熱の如き相貌をぐるりとひん剥いた。

「我が名ァ歌舞伎 八卦ッ! 博麗の神の名において貴様を退治せんッ!」

そういうと八卦は利剣を簡単に手放し印を結び始めた。

今までに見たことのない奇妙な組み方と順序に紅葉は言い知れぬ不気味さを感じ取った。

たじたじと後ろに下がろうとし始める。

「八卦秘術ッ! 『博麗梵鐘』!」

八卦が足を踏み鳴らすと紅葉の頭上に巨大な梵鐘が落下してきた。

紅葉は慌ててそれを避けようとするが、梵鐘はそれを許さなかった。

ボォォォォン!!

鐘の轟音が無縁塚に響き渡る。

「『夢想世壊』ッ!」

八卦は下駄を踏み鳴らしながら鐘に向かって一枚の札を投げつけた。

札には赤く縁取りされた独特の模様が中央にある文字を囲うように展開されていた。

中央には「博麗神」の三文字が刻まれている。

凄まじい光を帯びながらお札は鐘に突っ込んでいった。

ぴたりと札が梵鐘に張り付く。

その瞬間、鐘の中からこの世の物とは思えない叫び声が無縁塚を震わせた。

振動は止まることを知らず鐘の音を増幅させた。

思わず耳をふさぎたくなる様な叫び声が響く中、八卦は無造作に地面に放った利剣を手に取った。

「まったく、恨むぞ鸕野讚良(うののささら)(持統天皇の本名)。『神仏習合』とはな。そんなだから博麗の巫女が道教の物である陰陽玉を持つんだ。」

八卦はぼやきながら利剣を上段に構え、一息に振り下ろした。

「ギャァァァァァ!!」

斬れた鐘から断末魔の叫びが漏れ出す。

「うるせぇよ。」

八卦はそういうと鐘ごと鬼女を真っ二つに切断した。

「…さて、この手の災厄は後片付けも大変だな。」

八卦は周りの惨状を見てため息を吐いた。

「呪禁術で何とかしないといけないな。」

そういうと八卦は真っ白な能面を被り、足をそろえると両腕を地面と平均になるようにあげると、左足を半歩踏み出し右足を1歩踏むという奇妙な動きをし始めた。

実はこれこそ呪禁術である。

元々魔を払うための物だったがこうした妖気の残留も払うことが出来る。

紅葉の死骸を囲うように印を踏むと最後に八卦はいつの間にそうなってしまったのか玄武岩のように黒く染まった能面を外した。

「まったく、やれやれだ。妖気で真っ黒じゃねえか。もう少し使えると思ったんだがな。」

八卦は仮面を袖の中にいれると真っ二つになった紅葉の遺骸を見つめた。

「考えりゃかわいそうな奴だ。人間らしく嫉妬しただけなのにこんなにもひどい扱いを受けてしまうとはな。」

先ほどとは違ったそよ風が八卦の体を優しく撫でる。

天を覆っていた黒い雲から陽の光が差し込む。

その光の中に紅葉はいた。

それは鬼女としてではなく『呉羽』という少女そのものの姿をしていた。

〈…ありがとう。〉

「お前さんは地獄ではお尋ね者だ。せいぜいしっかりと逃げるんだな。」

〈私はこれでも鬼女紅葉よ? そう簡単に捕まるようなことはしないわ。〉

「まっ、頑張るんだな。」

そういうと八卦は紅葉、否呉羽に背を向けて歩き出した。

黒雲はいつの間にか完全に晴れ渡り幻想郷全てを照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ