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我らは代行者。神々の使いなり。

 太陽が沈み切った夜の森。闇が支配する空間だが、一筋の希望もないわけではなかった。木々の合間から差し込む強い月の光が迷える者たちの道しるべとなっていた。

 金と銀。大いなる輝きに照らされ、夜道を進む二つの人影とそれに付随するように浮いている大きな箱の影が映し出されていた。


「なあ、ボイド。本当にここらへんなのか? もし定刻までに見つけられなかったらレインにお前の棺器、見てもらった方がいいんじゃないか?」


 潜められた声が大きな棺桶のような物体を指した。数秒後、棺器と呼ばれた巨大な棺が移動し、代わりに声の主の前に一人の少年が姿を現した。白い髪を月明かりにきらめかせながらボイドは振り向いていた。


「ブレイク。おれを信頼してくれ。棺器は周辺だと言っている」

「そうかい」


 ブレイクと呼ばれた男は同じく側に棺器を侍らせながら、眼がしらに手を当てる仕草を取った。


「でもお前が探知してまともに探し物を見つけられたことがあったか? いやないね。見つけられたら奇跡と呼んでもいいぐらいだぜ。大体、お前の方向音痴っぷりにはいつも手を焼いて……」


 ブレイクの小言にボイドはふい、とまた前を向き、落とし物を探すように目を凝らしはじめた。


「あったぞ」ボイドは淡々と続けた。「人が入っている」

「なんだと。お前、そりゃ本当か!」


 ボイドはブレイクに茂みに置き去りにされた棺器に注意を促す。その先にはやはり彼らが持つ棺器と同じ形状のそれが横たわっていた。四角くかたどられた透明な窓からは一人の少女の寝顔をうかがうことができる。


「おいおい。支援物資が届いたとは聞いていたがまさか新入りも入ってるなんてなあ でも妙だな。こんなところに不時着するなんてよ」

「ここは騎士たちの縄張りに近すぎる」

「そういうことだ」


 ブレイクは顎に手を当てふむ、と唸り、しばらくして何か思いついたのかボイドに向き直った。


「考えてもしょうがない。とりあえず連れて帰るぞ」

「何も考えてなかったのか」

「うるさい。考えた末の答えがこれだ」

「無駄な五三秒を過ごした」

「辛辣だな! お前ちょっと馬鹿にされたこと怒ってる?」

「怒る? そんなことをしている時間はない。早く連れて帰ろう」

「へいへい」


 ブレイクが少女の入った棺桶に手を伸ばした瞬間だった。


 〈警告。近辺に敵騎一騎の反応を確認〉


「なに?」


 ブレイクが顔をしかめた。ボイドは中腰のまま硬直したブレイクを見やりながら舌打ちする。


「罠か」

「ボイド。俺を間抜けと言いたいのか。お前やっぱり怒って……」


 ボイドは軽口に耳を傾けることなく、会敵に備え、身構える。ブレイクも同じものを感じたように纏う気配を変えた。瞬時に二人はその身を狩人へと変え、感覚を研ぎ澄ませてゆく。


「近いな。いつも通りでいいか?」

「ああ。多分向こうも見回りだろうからな。とりあえずそのお嬢ちゃんだけは注意で」

「わかった」


 ボイドは心の中で会敵するまでの時間を数え始める。 十九、十八……。棺器が詳細をよこしてくる。

〈敵騎の種類は斥候型。装備は不明。推定異端度バルベリス級〉

 カウントが十を切り始める。ボイドは棺器に命令する。


「剣をよこせ」

〈承認。サイドビットを展開。【宣教師の宝刀】。セットアップ完了〉


 応答は迅速だった。ボイドが言い切るか否かの内に棺器の両側面がまるで翼が生えたかのように内部から展開された。そこには一振りの刀がぶら下がっていた。

 ボイドは刀を自分が今着ている異端審問官用礼装の背部マウントに取り付けたのち、鞘から【宣教師の宝刀】を抜き放った。


「ボイド。準備はいいか?」

「できている」


 カウントが一を切った。ボイドは短く答えると、浅く腰を落とし、現れた黒き鉄塊の一撃を【宣教師の宝刀】で身軽に受け流す。散った火花に目もくれず、素早く移動したボイドの身には傷一つついていなかった。


「ボイド!」


 ブレイクが叫び、目配せでボイドに自身の意図を伝える。ボイドは頷き、地面を蹴って大きく跳躍する。目標の脚部を捉え、さらに急所である脳天を見据える。

 黙示録の騎士の全体像がようやく暗闇の中で輪郭を帯び始める。この世の生き物とは思えぬ禍々しい三対の大足。胴体は歪な金属片によって覆われ、まるで大剣のように両腕は鋭く、そして獲物に飢えていた。ボイドはその姿を見ると棺器の報告通り、オーソドックスな斥候型であると認識した。


 騎士が右腕をしなやかな動作で突き出すのを見て、ボイドは体を大きく横に動かす。ボイドの元居た地点は騎士の一撃で大きく抉られていた。動揺することもないままボイドは追撃に備え、宝刀を構えなおし、さらに取り回しのききにくい騎士の腕の弱点を突くように懐に飛び込み続ける。


 巨大な刃のような腕が振り下ろされる。それをすんでのところで躱す。ボイドと騎士はそれを繰り返しながらお互いに切り札を温存するように戦い続けていた。ブレイクは騎士の攻撃を裁くボイドの様子を見て、カードを切るタイミングを見計らいながら自分の位置を移動していた。


 騎士の横薙ぎにドッジロールを合わせる。空を切った左腕に交差するように右腕が繰り出される。回転して左によけるも、右足を浅く切り込まれる。ボイドはそれでも躊躇うことなく間合いに入り続ける。右足の傷を狙うために騎士がボイドのから大きく距離を取る。その瞬間、ボイドは【宣教師の宝刀】を背部の鞘に納めて騎士を追う。


「ブレイク。今だ」

 ボイドの呼びかけに答えるように、すでにブレイクは騎士と切り結べるような場所に立っていた。

「ばっちりだぜ。相棒!」


 ブレイクの声と連動し、前方に移動した彼の棺器の前面の蓋が開かれる。すると六つの砲口からそれぞれ白銀の鎖【悪縛の英鎖】が放たれ、騎士へと襲い掛かる。騎士は背後からの連撃への反応が遅れ、すぐさま鎖の餌食となった。鎖に縛り上げられ、悪鬼の表情を浮かべる鎧が軋む。死を運ぶ多脚が激しい勢いでたたらを踏む。ボイドはその隙を見逃すことなく、一気に棺器とともに踏み込み、騎士の前へ躍り出る。

 刹那、鎖が引きちぎられ、騎士が右腕を振りかぶる。しかし、その様子を見ているブレイクはにやりと笑った。


「残念。もうお前はボイドの間合いだぜ」

 ボイドが右腕を目の前でかざすと棺器は即座にその指示に応じ、自身が地面に向けていた下部を騎士の方へと向けていた。ボイドが叫ぶ。


「倒れろ!」


 騎士の右腕がボイドに届くことはなかった。棺器の下部から解き放たれた一撃必殺の杭が騎士の心臓部を的確に貫いていた。すると、堅牢であった騎士の装甲は鱗が剥がれ落ちるように、歪な接合部から分裂しだした。

 パイルバンカー。一工具に過ぎなかったそれが騎士狩りの嚆矢となっているとは誰も考えなかったであろう。


 騎士はすぐにバランスを崩し、悪鬼の鎧は瓦解した。世闇に輝くその杭は騎士の心臓を突き穿ち、傷の再生を阻害する力から【浄化の銀杭】と呼ばれていた。薬莢をまき散らしながら破邪の牙は暗黒の尖兵を駆逐した。


 すると、背後から何かが開く気配を二人は感じ取った。まさか、と振り向き、様子をうかがうと月光によって輝きを増した金髪が揺れていた。


「すごいわ! 今のなに?」


 ボイドは背後から上がった突然の歓声に眉をひそめた。ブレイクは顔を覆うように片手を当て、面倒なことになったな、という素ぶりを見せた。


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