9月20日-2 わからないけど
プロジェクトのことを先生にどこまで明かすか、ここに向かいながらずっと考えていた。
言わずもがな、このプロジェクトは他言無用で行われている。
メンバーのプライベートについてはまったく知らないが、学生時代からの同級生のルエについてだけはわずかに知っている。
私とルエには身寄りがいない。
私は、これが偶然だとは思えない。
つまり、ここに集められている者はみんな、身寄りのいない者なのではないかと考えている。
研究の内容がどこからか漏れてしまう可能性を考えたとき、そんな事態のもっとも起きやすい人脈が身内なのだと思う。
その危険性がない身寄りなしの人材を恣意的にそろえたのだというのが、いまのところの結論だ。
もちろん、根拠に乏しい論理だという自覚はある。
拭いきれない違和感をどこかに終結させたくて、適当に答えを用意してみたにすぎない。
とにかくいま一番の問題は、プロジェクト構成員の大原則である『他言無用』を、破らなければならない事態だということ。
この件にまったく触れずにクレアを紹介することは不可能だし、なによりすべてを打ち明けなければ先生は動かない。
彼女に隠しごとは通用しない。
隠しおおせるときは、これ以上は追求するまいという向こうの容赦があったときだ。
残念ながら、今回の件でそんなラッキーは百パーセントあり得ないだろう。
プロジェクトのこと。
私の業務。
アンドロイドの存在。
彼女の命が危ないこと。
できうるかぎりを話した。
「お前は普通の人生を歩まないとは思っていたが、想像以上だった」
先生はおみやげのばな奈をほおばりながら、深いため息をついた。
「先に断っておこうか。私はよく悪態づくし人をけなすが、裏切ったり約束を破ったり秘密を漏らしたりはしない。安心しろ」
悪態づいて人をけなすところはすぐにでも直せばいいとは思うが、秘密は絶対に守るというところを信用して、私は彼女に助けを求めた。
「ありがとう」
「だが、肝心なところが聞けていないな」
「え?」
先生はめがねを押し上げ、私をまっすぐに見つめた。
見つめられるだけで背筋が凍りつきそうな眼光の鋭さ。
「肝心なところ。お前の感情だ」
「感情……」
「お前はなんで、そいつのことを助けたいんだ」
質問の意味を咀嚼するのに、しばらく時間がかかった。
返す言葉が見つからず口をつぐむ。
「お前は学生時代、友達もいなかったし、人のことを信用しなかった。それどころか、関わろうともしないやつだっただろう。それがなんで、アンドロイドのためにここまでするんだ。これに答えられなきゃ私は手伝わない。手伝う気が起きない。どうなんだ。お前は、そいつのことをどう思っているんだ」
探る、意識の深み。
心底の暗闇の中でたゆたう感情。
向き合ってこなかった、向き合う必要のなかった感情。
いや、きっと無意識が、防衛反応がガードしていた。
人間という動物のDNAが赤信号を出していた。
鎖の呪縛は、案外簡単に見つけられる。
しかし、その解き方はわからない。
「わからない、わからないけど、ただ……好きなんだと思う」
先生はしばらく思案した後、しずかにつぶやいた。
「協力はしてやる」
「……ありがとう」
お互いに煮え切らない感触。
申し訳ないとは思うが、これ以上のことを答えることはできなかった。
乱暴に頭を掻きながら先生はいった。
「ただし、すぐにとはいかない。シンポジウムの発表が終わってからだ。一週間は待ってくれ」
「一週間じゃだめなの!」
思わず声を荒らげてしまった。
「一週間後には実験が始まる。それまでじゃないと意味がないの」
「注文が多すぎるな」
先生はわかりやすく顔をしかめた。
「つまりなんだ、見たことも聞いたこともないアンドロイドとやらに会って、コードがパンクしない仕組みをその場で発明する、しかもそれを大事なシンポジウム前に可及的速やかにやれっていうことか」
「……まぁ、そういうことに」
なる、かな。
あらためていわれると、たしかに無茶苦茶な量と労力のお願いだ。
いままでの人生で人に頼ったなんてことがないから、感覚がわからないのだ。
といういいわけ。
渋々ながら、先生は頼みを引き受けてくれた。
なんだかんだで頼まれると断れない性格だということはわかっていたし、そこを利用したことは否定できないが、緊急事態なのでご容赦願いたい。
このお礼は、いつか必ず。
「そういえば、場所をどうするか決めてないんだけど。研究所には当然入れないから」
私がそういうと、彼女はさらりといった。
「東大が近くにあるだろ。私が言えばキャンパス一帯貸し切りにだってできる」
前々からの疑問だが、何者なんだこの人は。